第13話
こうして、セレもといセレンさんから一通りの話は聞けた。
彼はお礼の言葉をにこやかに述べる。その後、真面目な表情にガラリと変わった。
「……クミさん、私はお礼を述べるためだけに、こちらに来たわけではありません」
「え?」
「クミさん、私はあなたが好きです。どうか、私の生まれ育った世界に一緒に来てはくれないでしょうか?」
「……はい?!」
「その、駄目でしょうか……?」
涙目で言わないでほしい、これだからイケメンはと文句の一つも出てくる。ため息をつきながらもどう答えたものかと考え込んだ。
「……あ、あの。あなたの世界にいきなり、はいそうですかと行けるわけじゃないのよ」
「それはそうですよね、失礼しました」
「まあ、とりあえずは。セレンさんの気持ちは分かったわ、だからね。ちょっと、ひとまずは考えさせてほしいの。時間をちょうだい」
私が言うと、セレンさんはしばらく考える素振りをした。
「……分かりました、でしたら。また、次の満月の夜に出直します。お返事はその時に聞かせてください」
「うん、約束するわ」
「ええ、では。私は帰ります」
セレンさんはそう言って、立ち上がる。え、でも、どうやって?!
私が慌てて立ち上がると。彼は借家のリビングの隅っこの壁に掛けてある全身鏡に近づく。そのまま、鏡の中に腕を突っ込んだ。
「クミさん、さようなら」
「さ、さようなら」
セレンさんはそう爽やかに笑いながら言って。鏡に吸い込まれるように入っていく。気がついたら、リビングにはマグカップと私だけが残された。しばらくは茫然と鏡を見つめていたのだった。
あれから、私は悶々とまた考え続ける。セレンさんからのプロポーズのお返事をだが。仕方ないわね、腹を括るしかないか。ため息をつきながら、春の空を見上げた。
あれから、また一ヶ月近くが経っていた。また、満月の夜だ。あの鏡から再び、彼が訪れていた。
「やあ、こんばんは。クミさん」
「こんばんは、セレンさん」
爽やかに彼はのたまう。私は緊張しながらもリビングにて、出迎えた。
「……あのね、セレンさん。この間のお返事だけど」
「……訊かせてくれるのですか?」
「うん、あの後に色々考えたの。でね、決めたわ」
「クミさん?」
「セレンさん、私ね。あなたの世界に一緒に行くわ。連れて行ってくれる?」
「……ええ、私は大歓迎ですよ。あなたが一緒にいてくれるなら、毎日が楽しそうだ」
セレンさんはそう言って、今までて見た中で一番嬉しそうに笑った。破顔したと言っても良い。私は彼と一緒に、鏡の中へ飛び込んだのだった。
こうして、私はセレンが住むフォルド王国に異世界転移する。転移した直後は上から下への大騒ぎになったが。この場に居た金髪の美形の男の子に助けられた。この男の子こそがあの若くして亡くなった新堂矢恵先輩の生まれ変わりの王子様で。名前はエリック王子と云うのだが、この話はまた別の時にしたい。
婚約者のシェリア公爵令嬢に会ったり、エリック王子の叔父様のラウル様に会ったりと。賑やかなメンバーと日々を楽しく、過ごしたのだった。
数年後、私はセレンとの間に二人の女の子をもうけた。どういう巡り合わせか、上の女の子は白銀の髪に透明感のある琥珀の瞳で生まれる。私は不思議と母が昔に飼っていたはつを思い出した。
名前をはつから一文字もらい、ハンナと付ける。二人目の女の子は反対に、黒髪に淡い青の瞳で生まれてきた。
この子もふゆから一文字もらって、フィオナと名付けた。二人とも、明るく朗らかな子に育った。
「お母さん、今日もニホンのお話を聞かせて!」
「フィオナも!」
「分かったわ、ハンナ、フィオナ。じゃあね……」
私は二人の娘に元の世界のはつとふゆの話を聞かせてやる。傍らには夫のセレンがいた。
「クミ、今日も二人は元気だな」
「そうね」
「フォルド王国に来る事を決めてくれてありがとう、どんなに感謝しても足りないよ」
セレンはそう言って、穏やかに笑う。私も同じように笑うのだった。
――END――
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