第9話
私は翌日から、自宅を出たら会社に出勤、帰り道に実家に寄り、帰宅と言うルーティンがしばらくは続いた。
この日も会社に出勤し、実家に寄っている。もう、セレを拾ってから十日が過ぎようとしていた。後一週間程はセレを預かってもらう事になっているが。コタツに入り、ケージから出たセレの頭を撫でた。ゴロゴロと彼は気持ち良さそうに喉を鳴らす。
「さ、空美。夕ご飯も終わったからね。お茶でも飲まない?」
「うん、ありがとう。飲むよ」
「じゃ、ちょっと待ってて。淹れてくるわ」
母がそう言って、コタツから出て立ち上がる。キッチンに向かっていく。私はまた、セレの喉元も撫でる。うっとりとしながら、彼はデレンとなった。キャットフードをたらふく食べてご満悦だ。やはり、両親に預けて正解だったかもね。可愛いがってもらっているみたいだし。ほっと胸を撫で下ろしながら、小声で「良かったね、セレ」と言ったのだった。
その後、セレを撫でていたら。母がお茶を湯呑みに淹れて持って来てくれた。お盆を置くとまた立ち上がり、どこかに行ってしまう。どうしたのだろうと不思議に思っていたら、一枚の古い写真らしき紙を持って戻ってきた。
「空美、あんたにいい物を見せてあげる」
「これの事?」
「そうよ、昔に撮った写真なの」
紙もとい、写真を受け取って見てみた。カラーではなく、白黒の写真だ。よく見てみたら、左側に白猫が右側に黒猫が行儀よく座った状態で写っている。けど、私はこの二匹の猫は知らなかった。だいぶ、前に飼っていたのはかろうじて分かったくらいだ。
「……この猫達は?」
「この猫はね、白い方がはつって言って。黒い方はふゆと言ったのよ、私が昔に飼っていた猫達なの」
「え、母さんが?!」
「うん、まあ。私が二十代の頃になるんだけどね」
「へえ、そんな昔に飼ってたのね」
「そうよ、懐かしいわ。かれこれ、今から三十年も前になるかしら」
母は本当に懐かしそうにしている。白猫のはつと黒猫のふゆについて、話してくれた……。
もう、だいぶ前の事になるわ。私がまだ、二十歳の頃だった。
女子短大を卒業して、その年の春に一人暮らしを始めて。同時に就職もして、働き始めたの。けど、思ったよりも一人暮らしは寂しくてね。
侘びしいものでもあったから、半年くらい経った時にね。初任給、初めてもらった会社のお給料で一匹の白猫を飼ったのよ。その子がはつだったわ。
はつは穏やかな良い子でね、すぐに懐いてくれた。けど、一匹だけだと寂しかろうと思って。翌年に、もう一匹飼う事にしたの。それが黒猫のふゆだった。二匹共に雌だったけどね。
そうして、長い年月が経ったわ。はつは十四歳と長生きして、寿命を迎えた。ふゆも二年くらいして、後を追うようにいなくなって。ふゆは十三歳くらいだったかな。
まあ、私はこの時にはあんたが生まれていたから。寂しくはあったけど、あんたを育てる事で紛らわす事ができたわね。
母は一通り話し終えると、近くに来ていたセレの背中を撫でてやっていた。その表情は遠い昔に思いを馳せているようだ。私は黙って、お茶を啜った。ただ、セレのゴロゴロと喉を鳴らす音が部屋に響く。沈黙が降りたのだった。
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