第7話

 私は出勤した後、セレが心配でならなかった。


 おかげで仕事が手につかない。まあ、大きなミスは幸いにもなかったが。上司からは怒られた。


「上村、今日はどうした。上の空だな」


「すみません、ちょっと。気になる事がありまして」


「気になる事?」


「私事ではあるんですが、猫を飼い始めたんです。まだ、体調が良くないから心配で」


「ふうん、そうか。とはいえ、もうちょっと仕事に集中してくれ。勤務に支障が出ても困るしな」


 私は再度、謝った。上司は「頑張れよ」と言ってはくれたが。頭を下げてから、自身のデスクに戻った。


 その後、お昼休みになる。同僚で親友でもある絵梨花えりかと一緒に、食堂へ行く。親子丼定食を頼み、先に私は机に向かう。遅れて、絵梨花も唐揚げ定食のトレーを持ってやってきた。

 ちなみに、私は代金を支払っている。トレーは既に受け取っているので机に置き、椅子を引いて座った。


「……空美、ちょっと午前中に小耳に挟んだんだけど。猫を飼い始めたんだってね」


「うん、そうだよ」


「あたしも猫を飼ってるからさ、わかんない事があったら。相談に乗ろうか?」


「え、いいの?」


「いいよ、先輩ではあるし。あたしん家さ、二匹飼ってるしね」


 絵梨花はそう言って、にっこりと笑う。確かに、猫を飼っている絵梨花なら相談相手にはうってつけだ。


「わかった、あの。セレって名前なんだけど。つい、四日くらい前に拾ったのよね」


「え、拾ったの?」


「うん、元は道端に捨てられていたのを拾ったの」


「ふうん、セレちゃんか。性別は訊いていい?」


「雄だよ、獣医の先生にも診てもらったら。そう言ってたしね」


 ふうんとまた、絵梨花は言いながら唐揚げをお箸で突付く。私もスプーンで親子丼を掬い、口に運んだ。咀嚼して飲み込む。


「空美、あの。セレちゃん、去勢手術はしたの?」


「してないよ」


「ならさ、早めにしてあげた方がいいよ。空美のためにもなるし」


 絵梨花は気まずげにしながら、唐揚げを頬張る。私はふむと唸るのだった。


 夜の六時半になり、絵梨花と一緒に帰宅した。帰り道に絵梨花は色々とアドバイスしてくれる。主に、猫を飼う上での注意点をだが。


「いい?セレちゃんをお風呂に入れる時、絶対に耳の中にはお湯が入らないように気をつけてね。でないと、病気になっちゃうから!」


「分かった、聞いた事はあったんだけど」


「知ってたんなら、いっか。後ね……」


 絵梨花はその後も実家にたどり着くまで注意点を教え続けた。私はふむと頷きながら、聞くのだった。


 実家に着くと、絵梨花とはここで別れる。インターホンを押したら、また朝と同じように母が出て来てくれた。


「あ、お帰り。セレちゃんにきちんとお薬をあげておいたわよ!」


「ありがとう、ごめんね。無理に頼んじゃって」


「いいのよ、しばらくの間だしねえ。若い頃に飼っていて良かったわ」


 母はニコニコ笑いながら、セレの事を語る。夕食も食べていきなさいとも言ってくれる。有り難く、言葉に甘えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る