引き金
一線を越える感触は、思うよりずっと身近で親しみの湧くものだった。
握りこぶしを作って殴る。
そんな動きにすごく似ていると思った。
本気の喧嘩なんて一度もしたことがないくせに。
同時にしっくりと
ずっと昔から知っていたかのように、
あるいは出会うのをずっと待っていたかのように、
その手触りはぴったりと感覚に染みた。
ひどいな、と胸の内側に言葉が生まれ、反響した。
恐怖と衝撃で全身がかたまっていなければ、喉と口が勝手にこぼしていたかもしれない。
弾を肺に受けた男がいま唇から溢れさせている、赤い血潮と泡のように。
これだけのことをしたのに、やった俺に返ってきたのは、使った手と腕、頭、指先に残るしびれだけ。
生白い、細っこいと馬鹿にされる、女みたいに弱い俺なのに、それだけ。
本当にひどい話だ。
こんなの、いくらだってやれてしまう。
「クッソ、ガ、キ……!」
男がかすかでもそんなふうに言えたのは、血の大半が腹より下に集まっていたからだろうか。
汚れたズボンをおろした姿のそいつを仰いだまま、俺は一旦指先の力を抜いた。
そして握りしめた。
手の中のそれに、あふれかえる害意をありったけ込めるようにして。
ぱんぱん、ぱん。
追加三度の殴りつけ。耳鳴りが止む頃には、男は物言わぬでくのぼうと化していた。
起き上がって服を直し、やっと息を吸うと、
目と鼻に染みる不思議な匂いが内側に入ってきて、そのまま居残り、居座った。
「……悪魔の匂いだ」
もう忘れられないな、と思った。
この小さな金属塊は工場生まれの悪魔なのだと理解していた。
ものを殴りつける呪いを引き受け、使った人間に契約のしるしを残していく。
この匂いがそう。
俺もたった今から、悪魔の手先の仲間入りだ。
まったくひどい。
こんな子供でも約束できてしまうだなんて、あんまりだって、虫が良すぎるじゃないか。
誰彼構わず、大人のあらくれ男どものようにげんこつを振るえる権利だなんて。
そんなもの、使わないでいられるわけがない。
吐き気がするほど胸がすいていた。
男の荷物を漁って、二匹目の悪魔と弾の束を拾い出すと、
ボロ小屋の扉に手をかけ、冷えきった冬空の下に出た。
陽射しを散らす雪のひらと、匂いに染まった吐息が白く光って、言いようもないまぶしさを感じた。
風に吹かれてきらきらと舞うそれらに巻かれながら、少しだけ目をつむる。
それから握りこぶしを、俺はそのままの格好でポケットの奥深くに突っ込むと、
何も知らない人たちが行く表通りに向かって、ゆっくりと歩き出した。
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