観測

 あるところに全知全能の神様がいた。

 何でも知っていて、何でもできる。


 そのためとにかく暇だった。


 全知なので、世界をどんな風に作ってもすぐ飽きる。

 全能なので、一度飽きたことは決して忘れず、「ちょっと間をあけたらいい感じに覚えてなくて面白いわ」なんてことも起こらない。


 あまりに暇過ぎたので、ある日神様は自分の似姿を作ってみることに決めた。

 完璧な分身と比べてひと味違うのは、本人と比べてちょっと、いやだいぶ、頭が良くないという点だ。


「頭が良すぎると何をしてもすぐに飽きてしまうからなあ。ソースはワシ」


 バチン、と指を鳴らしてこないだ消したばかりの世界を作り直し、もう一度バチンと鳴らして似姿を誕生させる。


「名前は人間としてみよう。さあ人間、思うように生きてみなさい」


 人間は頷き、その辺りをふらふらさまよった後、本能に従って増え始めた。


 全知なのでどうなるかはわかっていたが、生み出してみるとこれが意外と面白かった。

 すべったり転んだり栄華を極めたり滅亡したり、あれこれのパターンがランダム気味に現れては消え、一回きりの歴史を形作っていく。わりあい見応えがある。


 それに似姿なので、どの人間も根っこがどこかしら自分に似ている。特に何か手を出したわけではないのに、「あーそれ、ワシもやってみたことあったのう」と感心させられる。

 中には神様がまだ試していないことをやる個体もいた。真似してみるとなるほど楽しい。なかなか新鮮な体験だ。


 しかしそれでも飽きは来る。

 ある文明が一〇〇〇年だか二〇〇〇年だか続いたぐらいのタイミングで、神様は「もういいかな」という気分になった。


「してみると、じゃ。最後にいよいよアレを試して、終わってみるとしようかの」


 人間が実行したあらゆる行動の中で、まだ一つだけ神様が真似していないことがあった。


「死、というやつじゃな。ワシは全能かつ神様ゆえ不滅じゃが、全能の力を自分に向けて全力で使えば体験できるかもしれん。全知によると出来るっぽい感じじゃし、やってみよ」


 取り返しがつかないことではあるのだが、観測の果て、どうにも好奇心をそそられるようになっていた。

 指先に力を込め、気合いを入れて打ち鳴らす。


 ――バチン!










 ――――。

 ――――――――。

 ――――――――――。











 すると神様は――「神」は、いなくなった。

 全知全能なる存在が作りたもうたこの世界に、あるじは永遠に不在となった。


 あとには人間だけが残された。

 知恵も力も神に及ばず、少し先の未来さえ見通せない哀れな人間だけが。


 ……これにより、「この世界」の「現在」には、神はことが明らかとなった。

 有神論、すなわち「神はいる」という前提にもとづき検証開始した「シミュレーションNo.五八七〇」だが、結果は無神論のそれと同じとなった。


 これまで条件を調整して行ってきたNo.一~No.五八六九のシミュレーションも、全て変わらない結末に至っている。

 当研究所はここまでの成果をもって、「西暦三〇〇〇年現在の現世界において神は存在しない」との見解を提出するものとする。


 筆責:Y神学科学研究所 主任研究員 A.N.


「……ふう」

「おつかれさまです。終わりましたか、『神の実在検証プロジェクト』の最終レポート」

「ああ、片づいたよ。一年も終わろうというこの時間までかかってしまったが、すっきりとした気持ちで家に帰れそうだ。そういう君は、シミュレーターの電源を落とす作業は終わったのかい」

「ええ、さっき済ませました。……しかし……」

「うん」

「何ともあっけない終わりですね」

「どっちの話かな。莫大な資金が費やされたこのプロジェクトのことか、シミュレーションの間だけ存在し、電源が落ちると共に消えてしまう仮想世界の人類の話か」

「どちらのことでもありますが、強いて言うなら前者です。予算が打ちきられたせいでここで終わることになってしまいましたが、この研究には……何か、想定よりも大きな何かが、本当は関わっていたのではないかと」

「ふむ?」

「主任は実験中、神の意志のようなものを感じませんでしたか」

「おやおや。プロジェクト開始以来多くのメンバーが迷信に取り憑かれてきたが、君のような優秀な研究員までがそんなことを言うとはね。我々は、神を信じはしてもオカルトは信じない、厳格な科学の徒ではなかったかい」

「私だって信じたくはありませんでした。ですが、シミュレーションの完了したコンピュータの電源を落とすたびに、何か取り返しのつかない方向へ一歩ずつ進んでいくような、そんな思いが強くなっていったのです」

「なるほどね、それで『あっけない』か。最後の電源をバチン! とやった瞬間、憑きものが落ちて正気に返り、これまで抱えていた恐怖を持て余しているというわけだ」

「はい。……いえ、その……」

「なんだい、歯切れが悪いな。何を考えているんだい。言ってくれよ、気になるじゃないか」

「……これは、しばらく前から考えていたことなんですが……。仮想世界の人類は、シミュレーションの中で早回しで文明を発展させ、神の不在が確実に観測されたと判断された頃合いで、いつも電源を切られていましたよね?」

「ああ、そうだな」

「神の不在が初めて確認されるのはいつも、西暦二〇〇〇年に差し掛かる時期で……。そこから規定通り、およそ一〇〇〇年分の予備観測を経て、シミュレーションは終了される。結果として、いつも西暦三〇〇〇年が終わったその時に、電源は落とされている」

「事前に定められた手順に基づいてなされていることだ。そこに今更異論を挟む余地はないと思うが。……この話は生産性がないな。もう数分で日付も変わる、帰ろうじゃないか」

「主任も気付かれたんですね。いや、『感じた』というべきでしょうか。……私が『あっけない』と言ったのは、このことなんです」

「神は……。神、など、いない。いやしない。今の、この世界のどこにも」

「はい、そうです。そして、だから、恐らく。私たちが生きているこの世界は、ここで……」

「そんなことがあるわけがない! 認めない、認めないぞ、私は! 我々はここで、確かに、これからも変わらず生き続ける! そうに決まっている! そんなことのために終わるだなんて、断じて認めない! 認めてたまる――」


 ちっ、ちっ、ちっ、ちっ、ちっ。

 ちっ、ちっ、ちっ、ちっ、ちっ。

 ……かちっ。


 ――バチン!


 

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