死神~じゃない方~【改稿版】

平 遊

第1話 

(ああ、ここか……)


 階段を登りきった陸橋で、俺はふと立ち止まった。

『自殺の名所』として有名なこの陸橋。

 高さはそれほどではないものの、その下を通る幹線道路の交通量は、夜中でも少なくはならない。

 それ故、残念ながら毎年何人かはここで命を絶っている。

 今は、単に目的地までの近道として通っているこの陸橋。

 だが俺も以前、正に死に場所を求めて、この場所に立ったことがあった。


 **********


 仕事のミスで、とても埋め合わせなんてできない程のとんでもない額の損失を叩きだし、その直後、結婚を考えていた彼女にもフラれ。

 おまけに自宅には空き巣にも入られて、なけなしの蓄えまで失い。

 気づけば俺は、『自殺の名所』と名高い陸橋の上に立っていた。

 下には交通量の多い幹線道路が通っていて、ここから飛び降りたならば、余程のことがない限り命は無いだろう。


 空の頭でフラフラと手摺に近づき、両手をかける。

 少し力を入れさえすれば、体なんて簡単に浮き上がるものだ。

 そしてそのまま、向こう側に体を倒して、重力に身を任せてしまえば。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、何気なく横を向いた俺は、そこに信じられないものを見た。

 小学生になるかならないかくらいの、赤い絣の着物を着た日本人形のような、どこかこの時代にはそぐわない雰囲気を纏う女の子が、今正に、俺と同じように手摺に手をかけて体を持ち上げようとしているのだ。

 俺は慌てて駆け寄り、女の子を抱き上げると手摺から離れた場所にそっと下ろした。


「あんなとこ、登っちゃ危ないだろ!それに、こんな時間にキミ1人?お父さんかお母さんは?」


 真っ暗な空の頭上に見えるのは、満月。

 ということは、もう12時近いはずだ。


(この子の親は一体何をやっているんだ⁉)


 辺りを見回す俺の前で、女の子がボソリと呟いた。


「うっかりしとったわい。人間に見られてしまうとは」


(えっ?今、なんて……?)


 目の前にいる小さな女の子のものとはとても思えない、声と言葉。


「まぁ、結果的には問題なしじゃから、良しとするか」


(もしかしてこの子、なんかヤバい子……?)


 そう思ったとたん。


「失敬な人間じゃな」


 女の子が顔を上げ、呆れたような目で俺を見た。


 俺、口に出したっけか?


 そう思いながらも、初対面の、しかも助けてあげた女の子にそんなことを言われる筋合いはないと、少しばかり腹が立って、俺は言い返してやった。


「キミの方こそ、危なっかしい子供だな」


 だが、返ってきた答えは、俺の想定を超えたものだった。


「わしは子供ではない。ましてや人間でもないわ。わしは死神じゃ」

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