魂と器

 愛珠がのめり込んでいたのはパソコンでできるオンラインRPGゲームだ。

 剣士や魔法使い、商人、鍛治職人など様々な職業になって、モンスターを倒したりゲーム内で用意されているクエストをクリアするなどしてアイテムや資金を調達しつつ自分のキャラクターを強化していくゲームにどっぷりと浸かっていた。


 根元愛珠として生きていた頃、愛珠は地味で目立たない女だった。可愛らしい名前と容姿とのギャップを揶揄われたりもして、人付き合いも苦手だった。

 そんな愛珠がパソコンをいじっている時に見つけたのがオンラインRPGゲームだった。美麗なキャラクターに自由な世界、夢中になるのに時間は掛からなかった。


 最初は1人でゲームをプレイしていたが、クエストを攻略するために他のプレイヤーと力を合わせないといけない場面も出てきて、それを経験しているうちに、ゲームを通してだが他人と交流できるようにもなって仲間もできた。

 レベルを上げて強くなるにつれて仲間からも重宝され、求められることに喜びを覚え、ますますゲームの世界にハマっていった。


 そのゲームの中で得意としていた職業が白魔導士だった。白魔道士は基本的に攻撃力と防御力が低く、後方からの支援をすることが多いのだが、愛珠は武器や防具などを駆使して1人ででも冒険ができるキャラクターに育てた。


 アンジェリカとして転生したこの世界はゲームの中の世界とは違うのだが、不思議なことに使える魔法はゲームの中で使っていた魔法とほとんど同じものが使える。

 おかげで魔法が使えると分かってからは混乱することもなくモンスターと対峙することができた。

 

 当然のことだが魔法を使うのはゲームの中のように簡単にはいかず、呪文の詠唱中もモンスターは待ったなしで襲いかかってくる。

 体を動かしたことなど運動とは呼べないようなダンスくらいのものだったアンジェリカの身体はそれはそれは使いづらいもので、運よく生きてこられているが、何度か死を覚悟するような場面もあった。


 それでも、愛珠の目にはこの世界は輝いてみえたのだ。




 翌日、店が開いた昼前に街へでたアンジェリカは歩きながらも注意深く店前に並ぶ商品に目を走らせる。掘り出し物がないかを探るためだ。

 首都から離れた街だが、近くに良い狩場があって店に並ぶ商品の質は良いものが多い。

 パッと目についた太いごぼうのようなものを手に取り観察する。その目つきと入念深さに店主が顔色を変える。



「お嬢さん、それは上物だよ。一昨日隣の街で仕入れたのさ。《荒野の大樹》の根っこは新鮮さが重要だからな。これはまだ倒して三日くらいのものだろう。《荒野の薔薇》は残念ながら仕入れられなかったんだが、根だけなら結構あるぜ」



 髭面の店主のセールストークを聞きつつ、アンジェリカは持っていたものを元に戻した。



「確かに仰るとおりのものだと思います。ですが、状態が悪いです。採取したときに繊維を潰していますね。仕入れてから切り口を整えたようですが、腐敗防止もされていませんし少し臭いもします」



 アンジェリカの指摘に店主の笑顔が引き攣る。



「これを買ってもすぐに処理をしなければ良いものは作れないでしょう」



 腰につけているポーチから小袋を取り出し、トン、と店主の前に置く。

 

 《荒野の大樹》というモンスターの根は、作った回復薬などを長持ちさせるための重要な材料になるが、状態が悪いと悪臭を放つようになり効果も薄くなる。  

 相場は上物なら2000ゴールド前後、そこそこの品物なら1500ゴールド辺りが妥当だ。――ちなみに、ゴールドはこの国がある大陸の共通通貨で、1ゴールドは1円の価値だ。

 

 きっと採取した者の手際が悪かったのだろう。そうだとしても、それを隠すような小細工はいただけない。

 


「一つ1000、でいいですわね?」



 足元を見た値段だが、それを咎めることができない店主は苦虫を噛み潰したような顔で「手厳しいな」とだけ呟いて小袋を受け取った。




 記憶と身体だけを残して消滅したアンジェリカ――その身体と白魔法を手に入れた愛珠は、この世界で絶望することなく生きている。




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