愛珠とアンジェリカ

 2年前、サンプトゥン国で川に溺れたアンジェリカは死の淵にいた。

 水中で命の灯火が消えかけたそのとき、不思議な声が聞こえ、気がつけば川の岸辺で横たわっていたが、目覚めたときにはアンジェリカの意識は別人のものに変わっていた。


 根元愛珠ねもとあんじゅ

 この世界とは無関係の世界からやってきた愛珠は、当然己の容姿の変化と周囲の変化に驚いた。

 なんとか気持ちを落ち着かせ、状況を整理しているうちに、この体に残されていた記憶が頭に流れ込んできた。アンジェリカ・デイヴィスの物心着いたときから現在までの記憶だ。



「今日はなかなか良い取り引きができたわ」



 荷物をテーブルに広げ、ひとつひとつ確認しながら本日の収支をノートに書き記す。

 アンジェリカの記憶や言葉使いなどの癖はこの身体に強く残っていた。こうして買い物の記録をとる癖もそのひとつだ。薬草などを小分けにして使いやすくしておくのは愛珠の性格だが。

 愛珠としては未知だったこの世界で、それほど衣食住に悩まずに済んだのはアンジェリカの知識のおかげと言える。



 彼女が博識かつ社交的で良かった。



 屋根がある家で寝泊まりできるたびにそう思う。自分だけではこうはいかなかった。

 

 けれども、彼女の才能をもってしても避けられなかった危機もあった。――アンジェリカの容姿が原因の危機だ。

 泊めてもらった民家や道中で何度襲われかけたかわからない。勿論良くしてくれる人々も多かったが、絶世の美女とはこうも危険に陥るものなのかと辟易とした。


 アンジェリカの美貌は危険を呼ぶ。宿屋や食堂で仕事を探したこともあったが、数日で危ない目にあうので諦めざるを得なかった。

 そういうことがあったために、アンジェリカは他人の目に触れる場所に赴くときはフードを深く被り自衛をするようになった。


 危ないからといって生きていくために仕事をしないわけにもいかず、商人になるという手も考えた。

 けれども国外追放を受けた罪人は国外においても店をもつことや商売をすることはできない。許可が下りないのだ。


 そうして考えた挙句、導き出したのが冒険者の道だ。……それしか残されていなかったともいえるが。

 最初は売れる物を集めて換金して日銭を稼ぐつもりだったのだが、ある日、自分が魔法を使えることに気がついた。


 この世界には魔法が存在し、火水風雷などの属性を操り攻撃を得意とする黒魔道士と、麻痺や怪我などの状態異常を治したり身体機能を上昇させることができる白魔道士とが存在する。アンジェリカは後者の白魔道士の才能を開花させていた。


 自分が使えるのが白魔法であることには驚いた。それは、愛珠のいた世界で愛珠が夢中になっていたゲームのキャラクターが得意としていた魔法だったからだ。



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