相棒

 旅の準備を整えたアンジェリカは、朝早くに宿を出た。次の目的は新たな狩場への挑戦だ。

 この2年で培ってきた技術と立ち回りの仕方が、自分が得意とする対象以外にも通用しそうなことがわかってきた。


 白魔道士の攻撃は聖なる力によるものだ。森などで出会うモンスターにはそれほど効果はないが、ゴーストや骸骨などの所謂アンデッドと呼ばれるモンスターに対しては抜群の効果を発揮する。


 なので今まではそういうモンスターが多く出没する洞窟や廃城、湿地帯などの暗くてジメジメした狩場に行く事が多かった。



「オニキス!」



 街を出てしばらく歩いた平原で、空に向かって声を張り上げる。

 しばらくするとバサバサと羽音を響かせて黒くて大きな翼をもつ竜が上空から降りてきた。

 この竜はファイヤーブラックドラゴンと呼ばれる種類だ。名前の通り、黒い鱗に覆われており火炎の息を吐く。

 ドラゴン自体が珍しい生き物で、それを仲間にしている者はそう多くはない。


 アンジェリカがオニキスと名付けたこの竜は頭から尻尾までで4メートルほどの大きさだが、生まれてから1年と少ししか経っていない。

 

 1年ほど前の嵐の翌日、氾濫していた川に流されている卵を偶然見つけたのだ。きっと豪雨の影響で巣があったところが崩落して、その下の川に落ちたのだろう。

 見つけた時には卵の殻に亀裂が入っており、中の赤子も無事ではないだろうと思われたが、オニキスは何の障害もなく生まれてきた。

 

 オニキスという名前は黒い天然石からとった名前で、その天然石には“持ち主をネガティブなエネルギーや出来事から身を守り、悪い人を寄せ付けない”という効果があることから、オニキスが幸せに生きられるようにという願いが込められている。


 しばらくは名付けず親元に返すつもりだったのだが、巣があったと思しきあたりを探してもそれらしきドラゴンは見つけられず、その間にアンジェリカに完全に懐いてしまったために名前をつけて旅の仲間にすることにしたのだ。



「オニキス、ちゃんとご飯食べた? 人は襲ってない?」


「ゴアア、グワアア」



 目の前に降り立ったオニキスの額を撫でてやると、気持ちよさそうに擦り寄るようにして顔を押しつけてくる。

 

 オニキスは人でいえば3歳くらいの知能があり、まだまだ遊びたがりで落ち着きがないため、街へ寄る際には人目がなさそうな場所に置いてきている。

 食べ物は生まれてすぐから肉を欲しがったため、人を襲わないようにするためにも食べられそうなモンスターの肉を与え続けてきた。今では逞しく育ち、1人でも狩りができる。


 このオニキスが戦闘にも加勢してしてくれるようになったこともあり、オニキスの食事のためにもアンジェリカは狩場の拡大を考えるようになったのだった。



 

 頭上をご機嫌に飛び回るオニキスを伴って旅をすること数日、アンジェリカは目当ての狩場に行くために足場の悪い岩だらけの道を山に沿って登っていた。

 オニキスに乗ればすぐに頂上まで辿り着けるのだが、体は使わなければ鍛えられない。

 それに、こういう大変さも旅の醍醐味というものだ。……と思いつつも、背に乗るとオニキスが遊びたがって大変だというのが本音ではある。


 頂上付近に到達し、汗を拭いながら景色を見下ろしていると、交戦中と思しき集団がいるのを見つけた。



「あれは……《マウンテンクラブ》?」



 目を凝らしてみると、深い緑色をした巨大な蟹が縦横無尽に動いているのが見えた。

 このあたりには《マウンテンクラブ》と呼ばれる蟹のモンスターが出現する。数十から数百の群れで移動するモンスターでそこそこ気性が荒く、冒険者にとっては厄介極まりないモンスターだ。

 

 大きさは様々で、小さいものは手のひらに乗るほどの大きさだが、大きいものになると人の大きさを超える。その中でも一際大きくなった《マウンテンクラブ》は群れを離れて単独で行動する。食料の問題で仲間から弾かれてしまうのだ。この弾かれた《マウンテンクラブ》は珍しく、硬い殻は防具として、身は極上の食材として高値で取引される。

 

 けれども大きくなりすぎた《マウンテンクラブ》は倒すのも一苦労だ。素早さ、硬さ、攻撃力が非常に高く、大きさに比例して知能も上がるので討伐の難易度はかなり高い。当然倒されずに生き残る個体が出てくる。


 そうして一定以上の大きさに育った《マウンテンクラブ》は《キングマウンテンクラブ》と呼ばれるエリアボスに指定される。

 《キングマウンテンクラブ》は国が抱えている討伐部隊の殲滅対象だ。野放しにしたことで《キングマウンテンクラブ》が街や村におりたことがあったからだ。



「すごい、討伐部隊の戦闘なんて初めて見た」



 物珍しさに目を輝かせるアンジェリカだが、何やら様子がおかしいことに気がつく。



「……え、人が逃げてる?」



  

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