夕食

「もう夜も遅いですね」


 互いに挨拶を交わした中、僕は窓から見える夜空の方に視線を送りながら口を開く。

 そこそこ高いマンションの外からは月の光る夜が良く見える。


「そうね……あと、私に敬語はいらないわよ。もうどうしようもないほどに無様を晒しちゃったしね」


「そうですか?ならお言葉に甘えさせてもらって……それで飯野さん。今日のご飯って何かある?」


「それならいつものカップ麺があるから大丈夫よ。いつも大量にストックしてあるんだから!前の家で買ったのも残っているのよ」


「どれだけ買っているの?って、そんないつまでもカップ麺だけの生活をしていたら体に悪いよ。夕食を食べていく?」


「えっ!?そんな悪いよ……」


「別に良いよ。どうせ多くを作りすぎちゃっているので。いつか、お礼として何か高いの頼むので、その時に良いのを集れるように更に恩を上乗せするだけ」


「……いくらでも高いのを強請って頂戴。お金だけはあるから……ッ!ということで蓮くんの手料理を恵んでください……ッ!実はもうカップ麺嫌なんです!」


 僕の言葉を聞いた飯野さんが深々と頭を下げてくる。


「はい、来た。ちょっと待っていてくださいね」


 飯野さんの向かい側に座っていた僕は立ちあがってLDKの一つであるキッチンへと向かっていく。


「……うん。良い感じだね」


 僕は昨日からコトコト煮詰めていたお肉の入ったお鍋を空けてその中を確認する。既に鍋に入った牛肉ちゃんは良い感じに柔らかくなっている。もういいあろう。


「ふんふんふーん」

 

 冷蔵庫を開けて中に入れていた既に下処理を終えていた野菜たちをお鍋の中に入れていく。

 いい感じに人を通したところでビーフシチューの素を取り出したそれを加えてちゃちゃっと味を調えて完成である。


「ビーフシチューなんですけど、ご飯どうします?別添えにしますか?それともいらないですか?自分はいつもご飯に乗せてしまうんですけど」


「ビーフシチュー!?そ、そんな良さげなものを……あの、蓮君と同じスタイルでお願いします!」


「はーい」

 

 僕は二つの食器を取り出してご飯をよそっていく……量はどれくらいにしておこうか。うーん。少しだけ気持ち多めにして残してもらえばいいか。

 

「出来ましたよー」


 完成したビーフシチューをもって一人では余る大きなテーブルの方に向かって料理をそれの上に乗せる。


「おぉ……美味しそう」


 自分の前に置かれたビーフシチューを見て飯野さんが感嘆の声を上げてくれる。


「でしょう?僕は料理の腕に自信があるんだよ!」


 僕は力こぶしを作りながら飯野さんの言葉に答える。

 もう二、三年自炊しているし、結構凝った料理を作ったりすることも多いので料理の腕には流石に自信がある。

 流石にお店の人には大敗するが、そこらの一般人には負けない。


「いただきます」


 僕は手を合わせて口を開く。


「い、いただきます」


 そして、飯野さんも少しだけ控えめに、おずおずとした様子で手を合わせる。


「そ、それじゃあ……」

 

 飯野さんがスプーンを手に取って僕の作ったビーフシチューを口に作る。

 僕はスプーンも取らずに飯野さんのことを眺める……どれだけ自信があろうとも自分の作った料理が相手からどう思われるかは流石に気になっちゃうよね。


「あっ……」


 一口口を含んでそれを呑み込んだ飯野さん……そんな彼女のその大きな瞳から静かに涙が流れ始める。


「えっ!?ちょ……えっ!?」

 

 固まったまま大粒の涙を流し始めた僕は慌てる。

 その反応は流石に予想外だった。


「そ、そんな……そんなに泣くほど不味かったですか!?」

 

「あっ!いや、いやいや!全然違うよ!」


 こちらも泣きそうになりながら告げた僕の言葉を飯野さんは慌てて否定する。


「むしろ……逆だよ!ッひく、本当に、美味しくて……ッ」


 そして、そのまま飯野さんは言葉を詰まらせながら、それでも感激の言葉を漏らす。


「わ、私ってば忙しくて、それに自分も頼りなくて……そのくせしていつも人に頼るのは下手で、口下手で……自分をいつも隠して逃げてばっかで……それで、それで……いつも、カップ麺とか、そういうのばかり食べていたから……ッ」


「うん」


「暖かい、人の手料理を食べたこと自体が……本当に久しぶりでぇ。本当に……っ、本当に美味しくて、暖かくて、思わず、泣いちゃって……ごめん、ちょっと止まらなくて」

 

「そう、ですか……それなら良かったです」


 良かった、別に僕の料理が不味かったわけではなかった……それにしても、暖かい、か。

 

「いっぱい食べてくださいね」


「……うん!」


 僕の言葉に頷いた飯野さんが涙をそのままにスプーンを動かしていく。


「……可愛い」


 凄い速さでスプーンを動かし、すっごく幸せそうな表情を浮かべて頬をパンパンに膨れさせている飯野さんを見て思わずぽつりとつぶやく。

 ヤバい、僕はまだ高校生なのに子供にいっぱい食べさせようとするおっさんの気持ちが分かってしまったかもしれない。


「って、僕も食べよう」


 いつまでも飯野さんを見ていたら失礼だよね。

 視線を飯野さんから自分の前にあるビーフシチューへと動かした僕はゆっくりとスプーンを動かすのだった。


「……っ///」

 

 思わずつぶやいてしまった『可愛い』発言に表情を赤く染めていた飯野さんには気づかずに、僕は自分のビーフシチューを食べ進めていくのだった。

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