大掃除

 アネモネさんの家で始めた大掃除。

 その状況は非常に散々たるものであった。


「まずは……と、溶けたぁ?これ、何時買ったやつなの?」


「え、えっと……一週間くらい前だったかな?」


「はぁー!?どんだけ放置しているの!?せめて捨ててよ!……もぉー」


 激臭の根源である腐り落ちるケーキの排除。


「って、なんだ?この布」


「ちょっ……あっ、それでだめ!私のパン……ッ!」


「はぁ!?これが……これが!?なんかかびているけど!?」


「そ、そんなわけないわ!それ、だってつい最近はいたばかりで!」


「汚ねぇ!マジで何かしらの病気あるでしょ!?こんなの着けていたらとりあえず捨てて……つか、床にあるのほぼ全部捨てて良いな、これ。もう全部劇物だろ!?」


「あぁぁぁ!?」

 

 地面に転がるカビやら汚れやらで悲惨なことになっている衣類の排除。


「……これ、拾っても拾ってもなくならないんですけど」


「……ごめんなさい」


「高そうな掃除機がめっちゃ止まりますね……物が多い。絶対に使っていないですよね?これ」


「いや、その……捨てられなくて」


「捨てましょう。もとよりこんな汚部屋にあったら全部汚染物である」


「あぁぁぁ!?」

 

 床に散らばる大きなゴミや汚染された物の排除。


「この段ボールは引っ越しの際の?」


「えぇ、そうよ……まだ片付いていなくて」


「既に引っ越ししてきてから一か月くらい経っているでしょう。さっさと片付けてしまいましょう……これもゴミ、あれもゴミ、こんなの者は使わない。って、なんでこんな大事なトロフィーがゴミのように転がって……」


「ちょ、まっ、あぁ!?」

 

 引っ越しの際に使った段ボールの排除。


「わぁ、冷蔵庫だけは綺麗ー」


「……」


「全然自炊とかしないんですね……カップ麺ばかり?」


「そうですね」


「健康に悪いですよ、とりあえず大量にあるカップ麺のゴミと割りばし何とかしましょうか。普通に汚いです」


「はいぃ」


 カップ麺のゴミの排除。

 ゆっくりながらも徐々に、確実に進んでいく大掃除。

 なんとか人が生活出来るほどの汚い部屋へと移行しつつあった中で。


「「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!?」」


「ゴキブリが群衆でぇ!?」


「あばば」


「バルサンじゃぁぁぁあああああああああああああああ!!!」


 僕たちが出くわしたのは大量のゴキブリであった。

 即刻退散するほかなかった。


 ■■■■■

  

 わざわざバルサンを買ってアネモネさんの家で焚いている最中、僕はアネモネさんと共に自分の部屋の方に映っていた。


「一人暮らし、なんですね」


「まぁ、ちょっとした家庭の事情で」


「……ッ、そ、それは……すみません」


「あぁ、全然。そんな悲しい話じゃなくて両親がちょっと海外に仕事で行っているっていうだけの話ですよ。普通に高校生としては嬉しい話です」


「あっ、良かった」


「自分に重い過去とかはないので大丈夫ですよ」

 

 僕は結構金を持っている両親の元で何不自由なく多くのものを学ぶ高スペック男子である。そんな周りから気を遣われるようなお辛い過去はない。

 ちなみに自惚れである。低身長で人権がない僕には高スペックもクソもない。


「そういえば自分は自己紹介していなかったですね。自分は土御門蓮。ここで一人暮らししている高校生です」

 

 自分の部屋に招き入れているアネモネさんへと僕は簡単な自己紹介を口にする。

 それにしても……それにしても、だ。色々ありすぎて衝撃で頭がバグっているけどよくよく考えてみれば今の僕は自分の推しであり、世間的にも大人気な御仁を家へと真似ているのか……?

 もしかしなくても今、とんでもないことになっているのではないか???


「あっ、コーヒーありがとうございます」 

 

 震える内心を押し殺しながら僕は差し出したカップに淹れたコーヒーを受け取ったアネモネさんはお礼の言葉を口にしてくれる。

 ……にしても、僕の家の安いコーヒーがそのお口にあっていただけるのだろうかぁ、って……この人はカップ麺生活だったな。何でもいけるか。

 ギャップが凄くてちょっと今でも混乱しているぜ。


「それで私はだけど、本名が飯野花蓮です。今日は何から何までありがとうね……それで、さ。ファンの子、なんだよね。それじゃあアネモネとしての私は自己紹介は大丈夫かな?」

 

 僕がそんなことを考えている間にもアネモネさんが己の自己紹介を口にする。


「え?本名、行っちゃって大丈夫なんですか?」


「えぇ。どうせお隣で苗字は知るでしょうしね。気軽に本名の方で呼んで頂戴」


「……いや、それはそうなんですが、良いんですか?そんな簡単に信用しちゃって」


「大丈夫よ。蓮くんはちゃんと良い子でしょう?」

 

 僕の言葉にアネモネさん───飯野さんは柔らかい笑顔を浮かべながらそう話す。

 たった一日足らずで優しい判定して良いのか……と、思ったけどよくよく考えてみればあれだけのゴミ屋敷の清掃を手伝ってあげた僕は普通に優しい奴だな、うん。


「これからお隣さんとしてよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします」

 

 約一か月遅れ。

 僕はようやくお隣さんとこうして顔を合わせて互いに挨拶をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る