番外編③ 油でよみがえる枯れ芽①

 岩手・宮城・福島での物資支援後、各現場を亘理と扇に任せた。現在、二人にはフェミニストについて男女混同の講習会を開いてもらっている。とくに亘理は男女どちらの心理も理解している、最適な人材だ。日本では、地方を筆頭に男女間における差の類が今も多く残っている。年齢を重ねるほど、亘理の講義を理解するのも納得するのも難しいだろう。被災地だけでなく、ほとんどの若い人が学業や仕事のために故郷を離れるからだ。今回の出張が実を結ばない前提で動かないと、私たちの今後のメンタルがもたない。そのため、亘理には決して期待するな、と言い聞かせている。

 それでも、次の世代の記憶に亘理の言葉が残る可能性は少なからずある。今後、前世代の思考に侵されようとも、記憶自体は残り、やがて大きな疑問へと育つ。そのときに声を上げられるように、今の私たちが種をまく必要がある。前首相の代までそれを行っていれば、私が首相になることもなかっただろう。


 私が母と東京へ越す前、私は新居の下見を兼ねて一度東京に行った。飛行機代だけでも、と犬走が援助を申し出たが、私は自腹での夜行バスを選んだ。それを母に明かすと、番犬のように吠えられたが。今回の引っ越し費用、自転車購入費、東北地方への交通費で我が家の貯金が尽きた。幸い通信制大学へ編入学金と年間授業料は納めたが、来年度の授業料十万円を納められるかは分からない。私こそ、ファイナンシャルプランナーの教えを乞いたい。

 編入申し込みの合格通知を受け取った後、私が東京で最初に訪れたのが国会会場だった。私は一般官僚に溶け込めるよう、レンタルの上質な黒のスーツを着用し、端の壁で傍聴していた。

 犬走は何度も、消費税撤廃と国民への支援金支給を何度も訴えていた。彼の提案はどれも即席ものだが、今の課題には必要な対策だった。彼ならば長期的な対策を考えていただろうが、当時の政府には瞬発的な行動力が欠けていた。むしろ、目先のことと利己益しか考えていなかった。

 その代表例として、私の先代にあたる金堀かなほり比佐志ひさしは何度もあくびをしていた。犬走の血圧上昇は赤面で明らかだった。

「えー、我が国はまだまだ資金が足りないのでー、増税するしかなくー、つまりィ国民の皆さんのご協力が必要でして」

「何を協力しなくちゃならないんですか、海外へのばらまきですか!」

「えー、それについては将来への投資としましてー、日本の皆さんにも頑張っていただきたくー」

「実際、投資になってないでしょ! 投資ってのは結果として利益になることですよ。あなたはただただ世界のATMとしてしか認知されていませんよ。それをご存じないとは言わせません。それに国民の皆さんはこれ以上もう頑張れませんよ。総理あなた、国民の皆さんを何だと思っているんですか。国の宝でしょ! そんなことも分からないでよく総理でいられますね」

 国民民主党の扇議員の喝采も当時から健在だった。虹の党代表である当時の亘理も喝采こそしないものの力強く頷いていた。無所属の石嶋にいたっては、金堀を無言で睨んでいた。いずれにせよ、亘理も石嶋も、その他大勢の反金堀派とは雰囲気が異なっていた。

 これが国税でまかなっている国会かよ。

 私の率直な感想だった。これならば公立小学校の学級委員会の方がよほど有意義だった。私が小学生のころは委員長が男子、副委員長が女子と割り当てられていたが、監督教師のもと、秩序が乱れたことが一度もなかった。しかし国会では大勢が好きなように野次と唾を飛ばしていた。女性の地位向上を期待されている一部の女性政治家でさえ、居眠りしている始末だ。扇は眉間に皺を刻んでその女性を無言で避難していた。未だ自分の意見を金堀に響かせられていない犬走でさえ、人間だと思えた。

 室内は暖房がきいていたが、私は極力水筒の麦茶を飲まないように心がけていた。私は幼少期より人より水分摂取量が多く、過去職の影響でトイレがより一層近くなったからだ。

 しかし国会開始から三時間後、私の膀胱は限界を訴えてきた。しかも下腹部に重圧まで感じ始めた。これはトイレにおける『健康の印』の予兆だった。ファミレスの朝食で食べた納豆ご飯が良かったのかもしれない。ちなみに宿泊先は一泊三千円のゲストハウスだ。シャワールームもリビングキッチンも清潔で、実にコスパがよかった。

 国会会場はトイレも会場の床以上に清潔に保たれていた。清掃員の方が誇りをもって仕事をしているのだろう。議員どもの収入の一部でも彼らの手に渡ってほしいと願った。

 色んな意味でしてトイレを出ると、黒のスーツを着用した官僚二名がわざわざ出迎えてくれた。二名とも男性なので、女子トイレに入らなかっただけ褒めてやらなくては。

「誰のご招待? 答えなきゃついて行かんぞ」

「いいから、ついてきてください」

「用件も言わず連れて行こうなんて、誘拐、犯罪だぞ。それかあれか、政治家だけは犯罪も合法になるんか?」

 私はを服の上から定位置に直した。グラマラスボディも苦労が多いときた。

「誰の指示なのか、どこに連れて行こうとしているのか答えろ。じゃなきゃ二人とも、女子トイレの便座の水を飲ませるぞ。どんなに女好きでも、排泄物の成分が混ざった水なんて嫌だろ?」

 官僚二人の顔が引きつった。これほど下品な女が次の首相にと犬走が推薦しているのが信じられない。彼らの眼差しで読めた。

「だがな、私の問いに正確に答えられたら単身でもついて来るぞ。それこそ、地獄の果てにもな」

 二人はついに黙秘を破ったので、約束通り案内されてやった。


 これが、最初にして最後、金堀との対面だった。

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