第26話

 パソコンはたかが機械だと思っていた。

 しかし人間の文明は私の想像を超えていた。二人の扇議員間の異様な渦がデジタル画面越しに伝わったのだ。

 私が挙手すると、二人の渦が一つずつ増えて見えた。

「今は感情論をする時間ではないぞ。国民民主党の扇議員が挙げている、女性の待遇の改善には大いに賛成だ。だからといって、男性を軽視するわけではない。互いに尊重できる社会を作るには、私たち政治家が大人の対応をできるようにならないといけない。そもそも男性が、女性がと言う社会になったのは、それを見本に示したやつがいるからだろう? いつの時代か知らんが、改善のための殻破りを私たちが率先してしなくてどうする。結婚の平等化も、その殻破りの一つだ。で、政治家のアホみたいな桁の給料に議題を移したい」

 玉園はため息をついていた。ただでさえ午後七時過ぎなど、超過勤務扱いだ。彼も本心では早く帰宅して休みたいだろうに、背景はご丁寧に国会会場内だった。

「石嶋に調査させたんだが、私の発案である国会議員の月収三十万円は自民党以外の議員は全員賛成だったぞ。ま、他にも収入源があるから、余計な出費さえしなければ問題ないだろう、ということだろうな。その代わり交通費は自腹になるから、出張などはかなり制限される。そこで各自治体との連携が不可欠になる。住んでいる自治体の政体に疑問を抱く者だって当然現れる。だが、私を種火として有権者として積極的になる若い国民の方も増えるだろう。彼ら自身の力で考え、意見を発することができれば、政権者も入れ替わるだろうし、また選ばれた代表者のマインドだって変わるだろう。この意識はさすがに私や補佐である石嶋と亘理だけではムリだ。他人事主義、責任転嫁なマインドを一人一人変えなければ、この大きな問題は解決できない。SNSを見て愚痴るかアンチコメントを投稿するだけでは、政治家のあくびは治まらない。そういうわけで、国民の皆さんには意識変化の協力を願いたい。私は私であり、あなた方自身ではないのだ。まずは私がこの国会議員月収三十万円案を可決に導いたので、ぜひとも今日から行動を変えてほしい」

 すべての無所属議員と犬走が画面に拍手を送った。

「無論、私も自分にできることをする。例えば、この解決案によって裏金で収入の穴埋めをしようなどという奴は、即座に政界から追い出す。そういうやつらは猫に追われるネズミのように怯えているがいい」

 石嶋が眼鏡を直した。心なしか、彼の鼻は皮脂が浮き出ているようだ。眼鏡の滑りがよくなったのも納得だ。彼には書類選別だけでなく調も指示していたので、身だしなみに気を遣う余裕がなかったはずだ。事務所に控える彼の部下を何人も遣ったところで、裁ける仕事量ではなかった。

 彼らの苦労は即座に実ったように思えた。ライブ配信しているインスタグラムライブへ「賛成です」や「分かりました」の一言コメントが一秒ごとに投稿されていた。いいねの数は二万を越えていた。

「さて、話がずいぶん飛んでしまったが、結婚の自由化はこれで解決の一歩になるか?」

 赤尾と長浜は力強く頷いた。涙も鼻水も止まらず宙に粒を撒いていたが、本人は気にしていなかった。

「そしたら次の議題も、私が代弁しよう。なになに『被災地訪問をされるとのことでしたが、その分国の経費を使うことになるのではないでしょうか? それよりも消費税を撤廃してほしいです』か。なるほど、なかなか鋭いな。まずは本音を明かしてくれたことに深く感謝しなければな」

 次に、亘理が挙手した。玉園が許可すると、亘理が書類を読み上げた。

「この度の被災地岩手・宮城・福島への物資支援訪問に関する費用ですが、移動費と宿泊費は開総理と私、亘理それぞれの自腹です。国税からの経費は支援物資のみに使っています。食料、飲料水、寝具、日用品、生理用品をはじめとする衛生用品。学用品にも充てていますよ。それとは別にファイナンシャルプランナーを派遣して、被災地の方々に最新の金銭感覚を養っていただいています。ちなみにファイナンシャルプランナーの方には一泊三千円のビジネスホテルに滞在していただいています。この金銭感覚を養うためのセミナー受講対象者は、中高生だけではありません。大学生以上の成人から、定年後のシニアの方々にも受講していただいています。最初は受講を嫌がりましたが、受講と受講中の態度を講師の方に認められることで、軍資金となる給付金を国から支給します。これは開総理発案の可決前の試みですが、上手くいけば被災地以外の地域も支給対象になります」

「こんなバカな話がありますか!」

 玉園の制止を無視して、花丘が突然立ち上がった。

「なぜこんなまどろっこしいことをなさるんですか、総理。まずは食料でしょう」

「その食糧支援を、過去に誰がしてくれた? 政治家じゃなくて、ボランティア団体の方々だろう。政界における先輩がしなくて、未熟と罵る私によく言えたものだな。おかげで何もかも一気に進めなくてはならなくなったというのに」

 その瞬間、インスタグラムライブ上に一気にコメントが挙がった。「無能は黙ってろ」「バカはお前だ、花丘」「開総理の言う通り」「ファイナンシャルプランナーのことはさすがにやり過ぎかもだけど、それぐらいしないといけない状況まで追い込まれていたのか、オワコン日本は」……と目で追う暇もないので、後で亘理の記録を見せてもらおう。配信はインスタグラムだけでなく、スカイプでもリアルタイムで行っている。録画したものは後日YouTubeにもアップするので、小分けしてすべて確認しなければ。

「いいか、日本人の気質だけでなく、金融に弱い要因があるんだ。その一因は、義務教育に金融教育が組み込まれていないこと、成人しても金融について学ぶ機会がまったくないことだ。で、仕事や社会に揉まれて疲れ果てた成人が、金融を含む多くのことを学ぼうって意欲がどうやって湧くって? よほど強靭な意思がない限り無理だろ。だったら政治家が学びたくなる仕組みを作るべきだろ。政治家にとって最大の利益は、国民の幸せじゃないのか? 学びたいことを学び、住みたいところに住み、食べたいものや栄養価のあるものを食べられる。添い遂げたい相手とパートナーになる自由を、子どもを望む大人とすべての子どもたちには温かい団らんを。その土台には、すべて経済が紐づけられている。経済の流れを作るのは経営者や消費者だが、その流れに報いる仕組みづくりという役割は政治家が任されているだろう。それを何だ、今まで消費税で終わらない増税の強行突破? 社会保障を手薄くして? 財源は増税しかない? ふざけるな。何も仕事しないくせに納税という手段を国民の方々に押しつけて金クレクレクレクレ、クレクレ詐欺かよ。過去の無駄に高いあんたらの収入こそ死に金だぞ。だが今私らがいる現地の皆さんはな、誰もが必死に講義についてきているぞ。それだけの力を身に着けて、この慣れ親しんだ土地でもしっかり生きていきたいって気持ちが強いんだ。それを花丘議員、アンタがバカなことだと言えるのか?」

「だからそれは、国の利益がまだ足りないからであって」

「そりゃ、あんたらの過去の収入がバカに高かったからな。国民の皆さんの負担増では到底足りる額なんかではなかった。増税ばかりして国民の皆さんの手元に残る金がみみっちくなるばかりだ。それでどう経済を回せって? だからまずは消費税を三年間撤廃することが必要だと言っているんだ。とはいえ、消費税をゼロにしたところで国民の皆さんの利益が少ないままだと経済はまだまだ回らない。だから高所得者と法人には増税、それが嫌なら慈善団体への寄付を条件に増税幅を緩くする。大体日本人は自分さえよければという精神が強すぎる。寄付額なんて、ネットで見た限りだと年間平均七千円だぞ。高所得者を平均に入れた額が一万円未満って、小学生の一か月のお小遣いにもならんぞ。で、高所得者代表の? アンタら先輩政治家殿は? 寄付なんてしてねーだろうな。海外にバラまいたところで先方の国民に行き渡る保証なんてないくせにな。で、国民の皆さんを見殺しにしてきたやつが、金を取っても分け与えることなんて矛盾だからな。そのツラの代表として世界に晒しているんだから、滑稽としか言いようがないよな」

 玉園の口パクが見えた。結論からスッパリと言えないのは私の悪い癖だ。彼の頭皮を晩秋の枯れ木にしてはいけない。石嶋も腕時計を指で叩き始めた。時刻はすでに八時三十分。誰もが眠くなるか性欲が強まる時間帯だ。そろそろ素面モードを解除してやらなくては。各議員には月収三十万円で収まる程度の安らぎを与えなくては。体が資本だとその身に教え込まなければ。

 一般人である赤尾と長浜も、明日のプライベートに備えて就寝しなければならない。こんな私一人のわがままに付き合わせてしまい、申し訳ない。

「明日より三日間の準備期間を設け、消費税を本日より四日後、三年間の消費税撤廃を実施する。また同じ日に、年収二千万円以上の高所得者および法人には税率三十七パーセントから四十パーセントに引き上げる。三十七パーセントの税率を維持するためには、二か所以上の慈善団体へ、年収の一割ずつ寄付をすること。時間も押しているので、今日はこの結論で締めたい」

 無所属全員と犬走、赤尾と長浜が喝采した。花丘は歯ぎしりをし、扇子息は悔しさで視線が泳いでいた。


 この日、真波の改革の一つが始まった。

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