我が国の首相は田舎出身、あだ名がアルソックですが何か?

加藤ゆうき

第1話

「ねぇ、アルソックがこの国の首相になったら、ちょっとはマシになるんじゃなかと?」

 一人暮らししている松永まつなが伊吹いぶきの部屋にて、彼が突然言い出した。私、かい真波まなみが冷蔵庫からハーゲンダッツを取り出し、パッケージの蓋を開ける直前だった。ちなみに伊吹は私の彼氏ではない。

「いやいや、そんなことはないっしょ。今は誰が首相になっても、国が混乱するだけだって。それに私、国会で晒されているような組織に属するのは向いてないし」

「ま、アルソックはザ・フリーダムやけんね」

 早坂はやさか弥生やよいは私より先にハーゲンダッツを食していた。弥生の好みはストロベリー味、私はマカダミアナッツ入り。弥生と私は同学年の大学生だが、私より十四歳も若い。私が社会人枠で、弥生が現役で入学したので、年の差は必然だった。伊吹も同じ大学に通う一学年先輩。共通の友人を経て、私たちは男女と年齢の垣根を超えた友情を育んでいる。

「アルソックはどんな枠もぶち壊す、鋼のメンタルの持ち主やけん。頭の回転も速かけん、よかっちゃない? ってか、今の政治家はテレビば見てもパッとせんよね」

 私は伊吹への返答に迷った。一部の同学年男子生徒には敬礼され、距離を置かれている。一方で気難しい教授に気に入られている私だが、特別なことをした覚えはない。ただ学生らしく、勉学に励み若い友人に恵まれただけだ。そんな私はいつの間にか、アルソックと呼ばれるようになった。

「俺ら卒業したら社会人よ? しかもただの社会人じゃなくて、税金をがっぽり絞られるだけの労働力。卒業したくねー」

「私も、税金が高くなった今、社会人に戻りたくないね。ってか一人で仕事したい。組織化された辛気臭い雰囲気の職場なんて、もう懲り懲りよ」

 アイスに含まれているマカダミアナッツを勢いよく噛んだ。歯で砕けるナッツのように、人を蹴落とすだけの組織人間を打破できればどれほどよかったか。サービス残業に低賃金も、長年の不景気が生み出した負の遺産だと思いつつ、自然の摂理として受け入れることができない性分だった。そんな環境から逃げて、大卒の肩書を手にしようとしていた。再び働くためになど、人間として皮肉でしかなかった。

「だからさ、アルソックが組織で働くんじゃなくて、組織を動かす立場になればよかとって。ってことで伊吹さん、インスタに同じ投稿をしようよ」

「早坂、ナイスアイデア! 『この人に首相になってほしい人~?』ってフレーズが良くね? アルソックの顔写真もしっかり入れて、ユーザーがリアクションできるスタンプも忘れんごと」

 二人はハイタッチして、弥生が予告なしで私を撮った。よりにもよって、ハーゲンダッツを完食した瞬間だ。口角に溶けたアイスが付着しているに違いなかった。その上、服装は白無地のトレーナーとジーンズ、両耳には揺れる猫モチーフのイヤリングとカジュアルを極めている。に畏まったスーツを着て畏まった会議に参加しろなど、誰が言うだろうか。

「ストーリーってフォロワーしか見れんとやろ? なら投稿してもよかよ」

 社会に出たことのない一般若者のフォロワーは地元の友人や家族に限られていると高を括っていた。

 それがまさか、フォロワーがそのフォロワーにストーリーやDMで拡散していたとは知らずに。

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