第2話 穴があったら埋めてやる
僕は走る。彼は言った。けれども忘れた。
近藤は、海を走ってはならぬ、と言い放ち山に籠った。私はなんだか尊敬できる先輩を見つけたようで、堪らなく嬉しかったのだが、のちに詳しく聞いてみると、彼は海を走ったことなぞないと言う。嘘つきめ。さては、あやつ泥棒やも知れぬ。私は急いで彼の籠る山を駆けのぼった。けれども、見つからない。その気配すらないのだ。困り果てて途方に暮れていると、一人の彷徨える臭い熊が現れた。
「ああ、堀さん」と熊は親し気に会釈した。私は彼が望むのならば介錯人になろうと決意を固めるほどに、親近感を覚え、どのように事を運べば上手く、同じ釜の飯を食えるのか、真剣に悩む。そんな浮かない顔を見てのことか、熊はぽつりと「私はねえ、一人ぼっちを悪いとは思わないけれども、やっぱり人間は人間と共に生きているほうが、輝く気がするんだよ。どう思う?」
「私もそう思いますよ、熊さん」
そういう返事を待っていたという風に、満面の笑みを浮かべていた。
「堀さん、私はお腹がすきました。堀さんを食べるか、鍋を食べるか迷うとるんですが、どちらが良いでしょう」
「ああ、それは難しい話だね」
二人は目を瞑り、数多の思考イメージをかき漁った。ついでにかき揚げにした。気付けば夜も更け、遂に熊は決断を下した。
「私はなにも食べません。なんというかですね、気づいたんです。」
「この世のものは、その大体が私と不釣り合いなのだと。例えば、私が流行のカフェにいることを想像してみてください。違和感があるでしょう。そうです、私には資格がない。直接、言葉にされないだけ有難いとは思いますがね」
熊の表情は曇天も曇天である。木々が凪いでいた。散り散りの星を二人で眺めているうち、一つ、また一つと雫が頬を伝う。熊の言葉が胸のどこかに作用するのであろう。私は熊に共感しているのか、同情しているのか分からないけれど、どうしてか感情は溢れる。
熊は加えて
「私は死後の世界に望みを託すほかないのでしょうね。あることも、ないことも証明できぬものに縋らなくては、私は私を支えられない。大切なものを持っている人は、それに集中することで脱せられる、この虚無感はやっぱり相当な荷物ですよ。あるいは虚無に浸ることで、むしろ生の活力を得る方法もありますが、あれは恵まれた精神力がなくてはね。死に接した人が生の喜びを知るように。けれども、そういったものは何時しか慣れてしまう。時間の残酷なところ。慣れてしまえば、またその日々に飽き飽きする。結局、理性じゃどうにもならないのかもしれない。人がいなきゃ、人は人たりえないようにさ。堀さん?どうしたんです、急に」
話がややこしくなってきたので、熊に目隠しして帰った。熊はまだ一人でぶつぶつ喋っているのだろう。そういえば近藤って誰?
狂人の、狂人による、狂人ための日記 相田田相 @najiroku
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