終幕 散らない花

6-1

 私をいじめていた人たちを古書店に連れていった翌日。怖々学校へ行ったが、彼女たちは来ていなかった。なんでも昨晩から、帰っていないらしい。

 ……本当に、あの人が?

 あそこがそういう店だというのはなんとなく気づいていた。それでもまだ、信じられない。

 学校帰りに通い慣れた店までの道を歩く。しかしいくら歩こうと辿り着けない。まるで最初から、そんな場所なんてなかったかのように。

 それでも諦めずに歩き続けた。私はまだ、あの人にお礼を言っていない。彼女たちをどうにかしてくれたのだが、今もまだ私が生きているのはあの人のおかげなのだ。

 あの店を訪れたのは、祖母の本を鑑定してもらうためではない。そんなの、ただの口実だ。学校に伝わる都市伝説を聞いて、魂を奪ってくれるんじゃないかと思ったのだ。もう、この永遠に続くかと思える苦しみから解放されたい、その一心だった。

 しかし、愛おしそうに祖母の本を撫でるあの人は、そんなことをしそうに見えなかった。ウザいと嫌がられる私のお喋りも、興味がなさそうなフリをしながらちゃんと聞いてくれる。頼っていた祖母が亡くなって絶望していた私だが、あの店に通うのは唯一の安らぎになっていた。

 あの人はきっと、とても優しい人だ。なのに私のために、こんな酷い行為をさせてしまった。せめて、謝りたい。

 散々歩き回ったが、店は見つからない。日も暮れ始めた頃、空き地が目に入った。取り壊されたばかりなのか、綺麗に整地されている。隅に一本、取り残された椿が咲き誇っていた。ふらふらと導かれるようにその前に立つ。重そうに咲いている椿の花が、ぽとりと落ちた。それを目で追い、根元に本が置いてあるのに気づいた。

「これ……」

 それはあの人に預けた、祖母の本だった。そっと、裏表紙を開いてみる。そこに書いてあった、祖母に宛てたメッセージはなくなっている。代わりに書かれていたのは。

【花よ、散らないでおくれ】

 私は大事に、その本を抱き締めた。


【終】

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浸食~呪言古書店綺譚~ 霧内杳@めがじょ @kiriuti-haruka

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