5-4

 帳場に座り、彼女が奴らを連れてくるのを待つ。

「本当なんだろうな」

「本当です、本当です」

 そのうち、数人の女生徒に囲まれて彼女がやってきた。小突かれ、おどおどとしている彼女を見て、胸が張り裂けそうなほど痛んだ。

「見ててください」

 彼女ひとりが帳場まで進んできて、机の上に本をのせる。打ち合わせどおり、家から持ってきたなんの価値もなさそうな少し古い漫画の本だ。

「……買い取りを、お願いできますか」

 彼女の声は緊張からか、震えていた。

「はい。では、これで」

 にっこりと笑い、いつもどおり一万円札を机の上に置いた。

「うわっ、本当にこんなゴミが一万になるんだ!」

 すぐに横から奴らのひとりがそれを掻っ攫っていく。怒りが込み上がってきたが、努めて平静なフリをした。

「よし、どっかでパクってきて売ろーぜ。あ、でも、大量に売ったら魂を取られるのか」

「コイツに売らせたらよくない? いなくなっても誰も困らないしー」

「てか、いなくなってくれたほうが清々する」

 可笑しくもないのに奴らが下品な笑い声を上げる。彼女は俯き、堅くなっていた。殴りたい、今すぐ奴らを殴り倒したい。しかし、あと少しの我慢なのだ。

「どっかで適当にパクってきてよ。そうだなー、百冊くらい?」

「ちょ、多過ぎ! てか、そんなに持てないって!」

 また彼女たちが下品な笑い声を上げる。どうも日本人の質は僕がここに閉じ籠もっているあいだに、地に落ちたようだ。

「ほら、行ってきてよ。待ってるからさ」

 ひとりが、彼女を強く蹴飛ばす。彼女はよろめき、転けそうになっていた。

「は、はい」

 よろよろと彼女は店を出ていきながら、ちらりと僕を見た。それに黙って小さく頷き返す。もうあとは安心していいよ、僕が奴らを処分するから。

「てかここ、暗くなーい?」

「なんか黴臭いしさー」

「あ、でも、お兄さんは格好いいかも」

 彼女たちは積んである本の上に、勝手に腰を下ろした。本当に躾がなっていない。こういう人間は闇の大好物だ。

「……いけ」

 僕が小さく命じると同時に、闇が一気に店の中に広がっていく。

「え、なんか急に暗くなった!?」

「なにこれ、なにこれ!」

 混乱している奴らに闇は巻きつき、取り込んでいく。ランプの灯りだけを残し、すべてが闇に塗りつぶされた瞬間。――僕はランプを倒した。すぐに火は近くの本に燃え移り、広がっていく。嫌がっているのか闇が身動ぎし、店が揺れた。闇の天敵は、火だ。

 そう気づいたのは些細なきっかけだった。落とした本を拾おうと珍しく帳場を下りた際、焼き焦げている本を見つけた。火なんてランプしかないのに、なんで……と考えたところで、思い至った。あの侍の呪いは、燐光のように蒼く燃えていた。あの火が、本を焦がした。そして闇は火を、この店を燃やされるのを恐れている。闇はこの店に巣くっているから、燃えてしまえば居場所がなくなる。さらに呪いの本体になっている僕が焼き死ねば、もう存在できない。

「燃えろ、燃えてしまえ」

 燃えさかる火が辺りを明るく照らす。なんで早く、こうしなかったのだろう。それほどまでに僕は、生に執着していたのか。でも、もういいのだ。彼女を守るためならば。闇はきっと、次に彼女を喰おうとするだろう。ならばなにもかも、燃やしてしまえばいい。

「……ああでも。最後にあの子の笑顔が見たかったな」

 暗闇に咲く、僕の花。永遠に、散らないでおくれ――。

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