第四章 喰えない

4-1

「ひーまーだー。退屈で退屈で死にそうだー」

 後ろ向きに倒れ込んだ拍子に眼鏡がズレる。万引き高校生のいい出金先にされていたのから、どれくらいの時が過ぎたのだろう。あれほど大量に積んであった漫画も、もう読んでしまった。

「誰か続きを持ってきてくれ……」

 読んでいた本をそのへんに放る。そのスパイものの漫画は僕のお気に入りだったが、巻が飛んでいる上にもう、続きは読めないのだ。

「誰かお客は来ないものか……」

 番台に顎をつき、戸口を眺める。白く光るその先がどうなっているのかなんて、僕は知らなかった。現世と幽世の狭間にある店だが、人間の客が来るのだからあの先は現世に繋がっているのだろう。とはいえ、僕はここから一歩出れば日の光に焼かれるし、そもそもこの店に縛り付けられているから、関係ないけれど。

「ひーまーだー」

 いくら唸ったところで客が降って湧いてくるものでもない。……と、思っていたが。

「すみません」

「はい!」

 唐突に声をかけられて、背筋が伸びた。

「あのー、ここ、……曰く付きのものでも買ってもらえるって聞いたんですけど……」

 堅く鞄の紐を握りしめ、きょろきょろとあたりを見渡しながら若い女性が書棚のあいだを進んでくる。背が高く、最近の女性は発育がよくなったものだと感心した。しかもおかっぱ頭は栗毛色で、もしかして外国人なのかとも疑いもした。

「はい。本ならなんでもお買い取りいたします」

 姿勢を正し、にっこりと笑顔を作る。ようやく僕の顔が見え、思ったよりも若かったからか彼女は驚いた顔をした。

「えっと……。アルバイト、ですか? お店の方は?」

 彼女の戸惑いはもっともだ。こんな店の主が、こんな若い人間だとは思わないだろう。とはいえ、中身はもう彼女の倍以上は生きているが。

「はい、僕が店主です」

 みるみる彼女の顔が曇っていく。そりゃそうだ、藁にも縋る思いできたのにこんな若造に任せるしかないのだと知ったら、僕だって不安になる。

「その……。本当に?」

 曖昧な笑顔を彼女が浮かべる。

「はい。期待にお答えできなくて申し訳ないですが、僕が店主です」

 はぁーっと諦めのようなため息が彼女の口から落ちていった。その気持ちはわかるし、ここに来るほとんどの人間がそういう反応なので別に気にしない。

「あの。これを買い取って……いえ。引き取ってほしいんですが」

 しばらく逡巡したあと、持っていた紙袋から彼女は艶やかな紫の布包みを出した。その中から漆塗りの箱を取り出し、僕の前に置く。きっと八方塞がりでこれ以上悪くなりようがない、ならかけてみてもいいかと半ば投げやりな気持ちなのだろう。

「これなら骨董商に持っていったほうが高く買い取ってくれると思いますが。それにうちは、本しか買い取りしません」

 一応、念を押す。曰く付きの本は買い取るが、物は扱わない。それが、僕の決めたルールだった。まあ、本に準ずる物で巻物も取り扱うが。

「わかっています。買い取ってほしいのはその中身……というか、中身込みです」

「ほう」

 促されるように巻きつく紐を解き、箱の蓋を開ける。中には古い、和綴じの本が入っていた。表紙には短冊すらなく、題名はわからない。何気なく頁を捲ってみて、手が止まった。

「……これを、どこで?」

 本に触れる手が、カタカタと細かく震える。

「曾祖父の家の蔵にあったんですが、これを見つけてから不幸が続いていて……」

 そう言う彼女の眉間には、深い皺が刻まれていた。

「お話を、うかがいましょうか」

 近くにある、木製の丸椅子を視線で彼女に勧める。知らず知らず、緩みそうになる口元を手で隠した。

 ……なにか、この呪いの手がかりがあるかもしれない。

 その本はあの日、僕が見たのと同じ、赤茶けた色の文字が書いてあった。

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