第二章 呪いにかかった日

2-1

 そのとき、僕はちょうど、高校入学が決まったばかりだった。

「じいちゃん」

「おお、きたか」

 店にやってきた僕を見て、祖父が嬉しそうに破顔する。僕の祖父は日本全国を回って自分で買い付けをしながら、古書店を経営していた。

「なんか、面白いものあった?」

「そうだなー」

 祖父は悪戯を企む子供のようにニヤニヤと笑っている。どうも今回もなにか、面白いことがあったようだ。

 祖父の買い付ける本は、普通の本だけではない。呪術関係の本も多く仕入れている。というか、本命はそっちだ。

「今回は瀬戸内のほうを回ったんだが、ある旧家の蔵で【絶対に開けるな】と書かれた巻物を見つけてな」

「へー」

「入っていた箱の感じからして、かなり古いものに間違いはないんだがな」

 祖父が傍にあった細長い木箱をたぐり寄せる。どうもそれに、その巻物が入っているらしい。

「どう思う?」

 無造作に渡された箱を受け取った。確かに箱の表面には【開けるべからず】と書いてある。持った感じ、箱の重さだけとは思えぬほどずっしりと重いので、中身はきちんと入っているようだ。試しに振ってみると、ごとごとと音がする。

「どうって言われてもさ……」

 しげしげと箱を観察した。蓋と本体は紙封がしてあり、破れたり剥げたりした形跡はない。ただ、箱よりも紙が新しいように見えるのが気になった。

「開けてみたくないか」

 にやりと右の頬を歪めて祖父が笑う。

 ……またか。

 などと思った僕に罪はない。祖父はなんの準備もなく、曰く付きのものを無造作に扱う。

 ――呪いなど迷信、そんなものあるはずがない。

 それが祖父の言い分だった。だから、面白半分に呪術関係のものを集めている。

 僕自身も呪いなど信じていなかった。それでもなにか不思議なことくらいは起こるんじゃないかという期待くらいあった。

「やめなよ」

 紙封を剥がそうとする祖父を止める。

「中身を想像するのがロマンだろ」

 祖父を真似、頬を歪めて笑った。知らなければ中になにが入っているのか、いくらでも想像できる。それがこういうものの楽しみだと思っていた。それに、出てきたものがつまらないものだったとき、失望が半端ではない。一度、僕の制止を振り切って祖父が開けた箱の中からは、隣家の未亡人に対する欲望が赤裸々に綴られたものが出てきた。あれはあれで……いや、なんでもない。しかし中学に上がったばかりの僕には少々刺激が強すぎるそれは、すぐに取り上げられてしまったが。

 とにかく、開けるなと書いている箱はむやみに開けるべきではない。そこにはどんな秘密――呪いが隠されているのかわからないのだ。ただ、その箱から中身を推測する。それが、正しい遊び方だと僕は思っていた。

「ま、そうか」

 僕の言葉で祖父は興味を失ったかのように、箱を無造作にそのへんに置いた。

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