第2話 me*t hope

 工場までは自宅の最寄りのバス停からバスで約25分。


 工場についた水鈴みすずは警戒しながら入場ゲートへ近づくが、なぜか看守かんしゅの姿はない。


 そのままするすると従業員出入口まで来た水鈴がカードをリーダーへかざそうとしたそのとき、とびらの向こうからピッと音が鳴り、出てきた紺色帽のスキンと鉢合はちあわせしてしまう。


 水鈴は驚きのあまりそこで固まっていた。

 帽子を脱ぐと、それは第一世代スキンだった。水鈴に「愛玩用? なんでこんなところに?」とたずねてくる。


 水鈴はとっさの思いつきでこんな言い訳を述べる。


「わたし、工場長の透見川うおせ農定ときさだの家族です。父に書類を取ってきて欲しいと頼まれたので、それで……」


「そんなの、俺らで透見川さんちに送るよ?」


「あ、えっと、今日中に確認したいんだそうです! スキンをえたばかりで困ってるから力になりたくて……」


 水鈴は情に訴えるようにそう告げる。


 第一世代スキンは「ふーん、まあスキン替えてすぐならよくあることか……」と若干に落ちない様子を見せながらも、水鈴を工場内へ招き入れてくれた。

 そのとき水鈴は身分証カードをリーダーには読み込ませなかった。


 水鈴が適当に入った場所は、先日の工場見学ではよく見ることができなかったスキンルーツ管理区画のすみにある出入口だったようだ。


 水鈴がそばを見上げると、巨大な円筒形のカプセルに巨大な肉塊にくかいが浮かんでいる光景が見える。

 肉塊には手足と思える突起があり、さながらセイウチのようである。


 水鈴はふと、工場内に労働用スキンが一体もいないことが気になる。


「労働用スキンは、みんな廃棄したんですか?」


「いやいや、そんな無駄遣いはしないよ! とはいえ、またバグみたいのが出たら困るからね、全部発電所行きさ」


 水鈴はふたたびスキンルーツを見上げる。この肉塊の肉をそいで愛玩用スキンを作っているのかと、第一世代スキンに再確認する。肯定する第一世代スキン。


 続けて水鈴は、労働用スキンも同じように作られているのかと尋ねる。第一世代スキンは答える。


「そうだよ。スキンだったらみんなそう。特注のスキンを持ってるのなんて、それこそ映画スタジオくらいのもんさ。『プレーンチルドレン』って映画知ってる?」


「あー、たしか有名な……」


「そそ。食糧を積み忘れた宇宙船内で、クルーたちがじょじょに仲間と食糧の線引きができなくなっていって、最終的に殺し合いになるんだけども、そこにうまぁく躊躇ちゅうちょとか不慣れさが乗っていい感じに面白くなってるコメディー映画なんだよね」


「そうなんですね。……えっと、そ、それが?」


「ああごめん。その撮影で使ったスキンってのが、あらかじめ美味おいしく食べれるように改良された特注のやつだったって話。でもそういうのはコスパ悪いから、普通は作んないんだよ」


 さらっと無駄話が終わる。


 二人はやっと事務室に到着。

 なかは暗かった工場内と異なり、照明が照らされ、数名の第一世代スキンたちがパソコンに向かって仕事をしている。


 水鈴を案内してきた第一世代スキンは、農定のデスクをうろうろする。


「書類……なんかあったっけな? 七ヶ谷ひちがやさん! 透見川さんとこの子が書類受け取りに来たんだけど、何のやつか分かるっ?」


「たぶん、ノックアウトまわりの報告書じゃないかな。ほら最近、不良品が出回っててクレームきてたから父性化の工程見直したじょん」


「あー、はいはい。オーケーです!」


 第一世代スキンはデスクのうらのスチール書棚を探し始める。

 水鈴は七ヶ谷へ会釈えしゃくをする。


 しばらくして書類が見つかったと言って、第一世代スキンは水鈴にファイルを手渡そうとする。


「おい、そのまま持ち出すなよ!」


 七ヶ谷に叱られる第一世代スキン。急いでパソコンから元のデータをメモリーカードへ記録し、水鈴にそれをたくす。


「って、ホントにこれなら俺らから送ったほうがいいかもね」


 第一世代スキンはそう言って小さく笑う。


「あの、バグはどうなったんですか?」


 ここで切り出したのなら違和感はあるまいと水鈴は思い、第一世代スキンに訊ねた。


「バグ? どうなったも何も……」


「とっくに処分したよ。まあ生かしてるところで、こっちに利益ないし」


 七ヶ谷がぶっきらぼうにそう告げる。水鈴はどういう返事をしたらいいのかわからなくなり、黙り込んでしまう。


「というか、透見川さんとこの子だって? ああ、そういやバグが出た日に会ってたね。ども、お父さんの手下の七ヶ谷です」


「何言ってんの、右腕のくせに!」


「いや透見川さん左利きだから」


 七ヶ谷がそう言うと、周りにいた他のスキンがふふっと声を出して笑う。

 一連のやりとりを見ていた水鈴は違和感を覚える。


「(なんかズレた人たちだな……)」


「バグが気になる?」


「えっ、ゃまあ……」


 急に七ヶ谷からするどく質問を投げかけられ、戸惑とまどってしまう水鈴。


「バグってのはそうそう出てくるものでもないから、好奇心をくすぐられることがあってもしかたない。君はバグがどういうものか調べたことはある?」


農労のうろうマニュアルに定義された労働から外れて、自律して行動する労働用スキンのことですよね」


「そう。いわばがんだ。人間につきまとう宿命。でもそれは機構として毎日発現しているし、ある程度は免疫がどうにかしてくれる。それに、発電所なんかじゃバグなんてしょっちゅう起きてるし。でも工場では、製造責任の所在がとてもあいまいになってしまうからね、ただのバグであってもひとたび事件を起こせばこのざまだ」


 七ヶ谷は水鈴に語りかける。


「スキンにおける癌の対処は、スキンの交換それだけで済む。じゃあ工場はどうする? 交換とはいかない。一番手っ取り早くて責任を押しつけやすい解決策は、バグの解析と農労マニュアル免疫の強化だろう」


 そして七ヶ谷は水鈴にあるものを見せる。デスクトップパソコンのモニタには、よくあるチャットアプリの画面が映し出されている。


「ここにいるのは、明日FHOに受け渡す予定の、P794のをもったAIだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る