第5話 異世界への抵抗

 三日目。今日も天気がいい。

 さてどうしようか。三日目にして行き詰ったぞ。


[何かお困りですか?]

「あーいや、何と言うか。具体的に何をすれば良いのかがわからなくてな」


 この世界に来てからもう三日目になって、環境の変化による不調とかも落ち着いてきている。

 だが、闇の勢力をどうにかしろと言われたところでな……。具体的にどうすれば良いのかとか全然わからんし。


[闇の勢力についてはまだわかっていないことも多いため、ひとまずは情報収集から始めたらよろしいかと思われます]

「なるほどね。なら善は急げだ。気が変わる前に動いた方が良い」


 とにかく今は動くしかない。召喚された9人の内でも俺は最下位だし、放っておけば他の人がなんとかしてくれるかもしれない。

 ……でもそれじゃあつまらないだろう。

 確かに俺は一桁になったばかりの存在だが、そっからすぐに異世界へと転移させられた。なら、もしかしたらもっと上を目指せるかもしれないってことだ。


 せっかくなら目指したいじゃないか。最強ってやつを。

 そのためにも俺は先を目指す。闇の勢力が壊滅するまでの間に他の8人を超えてやる。


「よし、そうと決まればそれらしい情報を探してやるぜ」




「駄目だ全然見つからん」


 思ったよりも道は険しいのかもしれない。

 ギルドで情報を探したが全くもってそれらしいものは得られなかった。

 というか平和そのものであるここスターティアの街で情報を探すことが間違っているのかもしれない。

 こうなれば別の街に行くべきか。


「あれ、もしかしてHARUさん?」

「あなたは……」

 

 ギルドでうなだれていた俺に声をかけてきたのは全身を白い甲冑で包んだ一人の少女だった。

 しかし彼女はただの少女では無い。ランキング4位、アーマーナイトのクリムゾンだ。


 アーマーナイトは高い防御力と豊富なカウンター技を持つ近接戦闘職であり、装備とスキルを合わせれば難攻不落の城塞が出来上がることだろう。

 ……と言えば強そうに聞こえるが、自ら攻撃を行うスキルがほとんど無いためにレベリングの難易度が高く、カウンターも発動タイミングが難しくまともに扱える人自体が少ない不遇職の一つだった。


 ……だが彼女は違う。

 その場その場の状況を的確に判断し、的確なタイミングでカウンタースキルを発動させることが出来る。そういったプレイヤースキルを彼女は持っているのだ。

 実際、それによって彼女は4位という地位を確立している。


 不遇職でランキング順位を維持しているという点で、俺は彼女のことを凄く尊敬している。

 彼女が俺の名を知っているのも、何度かゲーム内で関わったことがあるからだ。


「クリムゾンさんじゃないですか。どうしてここに?」


 彼女程の人物ならとっくに街を出ているものだと思っていたが、まだこの街に残っていたのは驚きだ。


「その、実はですね……魔物が怖くて……街から出られないんです……」


 クリムゾンは俺に近づいてきて、他の人に聞こえないように耳元で囁いた。


「……え?」


 彼女の言葉は想定外と言えば想定外だが、考えてみれば当たり前のことだった。

 全く見ず知らずの世界に飛ばされて、魔物と戦え、闇の勢力を壊滅させろって……そんなのすぐに順応できるはずが無いんだ。


 そしてそれは俺も同じだ。気づかなかった。いや考えないようにしていたのか。

 闇の勢力を壊滅させるという事は、遅かれ早かれ人を殺すということになるだろう。 

 その時、俺はいつも通り動けるのだろうか……。まともでいられるのだろうか。


「……それは無理も無いですよ」


 少しでも彼女を安心させるように優しい声でそう返した。

 よくよく見ると彼女の普段の勇ましい雰囲気が無い。それほどまでに弱っているのだろうか。


「俺だってやっぱり抵抗はありますから……」

「……そうですよね。やっぱりそうですよね!」

「うぉっ!?」

  

 クリムゾンがぐいっと顔を近づけてくる。近い。いやマジで近いんだけど!

 美しい金髪と整った顔がすぐ目の前に……いやキャラクリパワー半端ないな! 

 俺もキャラクリには自信あるが、彼女は余裕でそれ以上だ。


「他の方とも話したんですけど、皆さん血気盛んと言うか……魔物を恐怖しないどころか倒すことにも躊躇いが無くて……。中には襲ってきた盗賊を返り討ちにした方もいて……」


 マジか。既にやっちゃってる人いるんだ。その精神性でよく現代人やってこれたな……。

 というか今にも泣きそうな声のクリムゾンが気になりすぎる。公の場で密着してこれは流石に色々と不味い。せめてもう少しだけ離れてもらおう。


「あ、あの……少し近い……です」

「……はっ、すみません!」


 クリムゾンはそれまでの弱弱しい表情から一転、頬を赤くして慌て始めた。


「HARUさんが可愛らしくて、つい距離感が……」

 

 ああそうだった。俺は今ゲキカワ幼女なんだ。

 一応俺が男であることは知っているはずなんだが、今のこの姿だとなぁ……。


「ま、まあ大丈夫ですよ。それよりなんだかクリムゾンさんらしくないですね。いつもならこう、団をしきる騎士団長みたいなイメージなのに……」

「それは、その……あれは弱い自分を隠すためのロールプレイで……」


 ああ、そういうことか。彼女が高い防御力を誇るアーマーナイトを選んだのもそういう意味がありそうだな。

 とは言え、そういったセンシティブなことにはあまり深く入れ込まない方が良いだろう。誰にだってそう言うことはあるもんだ。


「今すぐにどうにかしようとしなくても、少しずつ慣れて行けば良いんですよ。それに召喚されたのも一人じゃ無いんです。俺もそうですし他の方を頼っても問題は無いでしょう。いっそ解決してくれるのを待つのも手かと思いますよ」

「……ありがとうございますHARUさん。少し心が晴れた気がします」


 気付けば彼女の表情は会ったばかりの時よりも少し和やかなものになっている気がする。

 いやーなによりなにより。


 ということでその後何事も無く今日一日が終わった。

 闇の勢力に関する情報は得られなかったものの、ギルドでのクリムゾンとの一件はきっと無駄じゃないはずだ。少なくともこれで彼女が少しでも救われることを願おう。

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