初仕事! ☆5☆


 リーズが改めてリーダーと呼ばれていた男性を縛る。逃げられないように手を背中に回して手首を縛り、余った縄を握ったまま歩くようにうながす。


 縄で繋がれたまま歩き出す男性のあとをついていくように、シュエたちも続く。


「あ、その前に」


 くるりとシュエが踵を返して馬車に近付いた。馬がシュエに気付き、不思議そうに見つめてくる。


「ちぃと待っていておくれ。すぐに戻ってくるからの」


 シュエが手を伸ばして馬の顔に触れる。そして、馬から離れて地面に触れ、目を閉じて竜人族の力を使った。この辺り一帯を魔物や悪鬼から守る結界だ。


「わらわよりも強いものなら破れるじゃろうが、……リーズ以外にいるかのぅ。この世界で」


 この世界の魔物や悪鬼の強さはどのくらいだろうか。今まで強敵というものにはわなかった。恐らく、一番平和な世界を紹介してくれたのだろう。実戦経験のないシュエでも倒せるくらいの世界だから。


 シュエはそう考えて、やはり過保護? と首を捻る。馬と馬車の安全を考えて戻ったが、リーズたちを待たせているだろうと急いで彼らに駆け寄った。


「うまくできましたか?」

「うむ、大丈夫じゃと思う!」


 リーズに問われてにっと白い歯を見せる。リーズは表情を和らげると「では行きましょうか」と男性の背を押す。


 シュエたち四人と、捕まえた男性の合計五人で森の中を歩いていく。鬱蒼うっそうとした森の中は暗く、曇っていることで余計に鬱々うつうつとした雰囲気を醸し出している。


「……なんか、怖いものが出てきそうな森だね」


 草を踏む音にもびくっと少年が震えあがる。歩いているうちに、どんどんと白い霧が出てきた。少年が「うわぁ!」と大きな声を出す。


「どうした?」

「あ、あそこになんか大きい怖いものが……!」


 指先を震わせながら虚空こくうを指す少年にシュエは首を傾げる。ぶるぶると震えているので、恐れているのはわかるが、彼の指の先にはなにもいないのだ。


「――なるほど、幻覚ですか」


 リーズがぽつりと呟く。護衛は少年の前に立ち、存在しない化け物を探しているようだ。


「この霧に、人々を惑わす効果があるようです」

「暗殺者ギルドに行かせぬために?」

「そう簡単に暗殺者ギルドが見つかったら、おかしいでしょう?」


 ――あっさり見つかる暗殺者ギルドを想像して、シュエはぷっとき出した。


 こほんと咳払いをひとつしてから、少年と護衛の様子を見る。ふと、護衛の表情が強張っていることに気付き、彼もなにかを見せられているようだと考え、扇子を広げた。


「この霧の中で、なんで平然とできるんだ?」


 黙っていた手首を縛られた男性が、怪訝そうにシュエとリーズに声を掛けた。


「こういう術って、その術者よりも強いものには効かんというのが定説では?」


 にやりと口角を上げるシュエに、男性は眉間に皺を刻んだ。


「シュエ」

「わかっておる。一気に、じゃな」


 リーズがこくりと首を縦に動かすのを見てから、シュエは目を閉じて深呼吸を繰り返し、言葉を紡ぐ。


「――我らを惑わす悪しき霧よ、霧散せよ!」


 シュエの目がカッと開かれ、扇子を持ちその場で霧を裂くように腕を大きく振る。


「……うそだろ……」


 男性が呆然としたように目を見開く。相変わらず曇ってはいるが、すっかりと霧が晴れた。


「あれ、いなくなった」

「坊ちゃん、大丈夫ですか?」

「どうやら、人の恐怖心を増幅させて惑わす術のようですね。我々には効きませんが」

「……あんたら本当に人間か?」

「うん? そなたの目に、わらわたちはどう映っておるんじゃ?」


 男性がこぼした言葉に、シュエは彼の前まで移動して顔を覗き込んだ。


 肯定も否定もせず、ただ尋ねるシュエに男性は視線を逸らした。どうやら言いたくないらしい。


「この辺りに来ると発動する魔法のようですね。いろんな魔法があるものです」


 感心したように話すリーズに、シュエは近付いて辺りを見渡す。


「のぅ、リーズ。術が解けるとわかるものか?」

「術者にはわかるでしょうね」

「ふむ。ならば、我らの存在に気付いたということじゃな」


 シュエは考えるように口元に指を掛け、目を閉じる。このまま進むか、それとも相手が来るのを待つか――……


「うーむ、難しいところじゃのぅ。とりあえず、先に進むべきか?」

「シュエのお望みのままに」

「むぅ。では、前進あるのみ!」


 シュエの一言で、進むことが決まった。


「そなたら、大丈夫か?」

「……うん、大丈夫。霧が消えたら楽になったよ」


 少年は深呼吸を繰り返して、それから眉を下げて微笑んだ。少年と護衛の様子を確認し、シュエは歩き出す。


 彼らがきちんとついて来ていることを確かめながら、暗殺者ギルドへと足を進めた。


「のぅ、下っ端のリーダー、暗殺者ギルドの者って、みんな黒ずくめの服を着ておるのか?」

「は? あ、いや。まぁ、そうだな。下っ端は仕事のときにこの服を着るんだ」

「ふぅん。暗殺なのに白昼堂々襲い掛かってくるし、実はそなたたち連携が取れていないのでは?」

「……知るかよ」


 男性はそのまま口を閉ざしてしまった。


 歩き続けて数十分、ようやく暗殺者ギルドにたどり着いた――のだが、シュエはその建物を見て呆気にとられたように口をぽかんと開いた。

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