初仕事! ☆4☆


 シュエがこてんと首を傾げて問いかける。睨むように彼女を見る男性に対し、リーズがすっと表情を消した。それを見た男性が、「ひっ」と短い悲鳴を上げる。


「これこれ、リーズよ。あまり怖がらせたら話せなくなるじゃろう」


 シュエがリーズの服の袖を引っ張る。恐怖に震える姿と、それに負けじと睨みつけてくる男性を見て、シュエとリーズは視線を交わして真っ直ぐに男性を見つめる。


「――そなた、妻子がおるな?」


 びくり、と男性の肩が跳ねた。


「いない」

「お主にはもったいない、美しい人のようじゃな。子どももまだ幼いようじゃし、妻子はこんな仕事をしていることを知らんのじゃろう?」

「どうやって誤魔化していたんでしょうね」

「傭兵とでも言っておったんじゃなかろうか?」


 目元を細めてじっくりと男性の様子を眺めるシュエ。男性は自分の鼓動がドッドッドッと早鐘を打っていることに気付く。


 ――この少女は、なぜそんなことを知っているのだろうか、と。


「しかしこんな場所に放置すれば、魔物にぱくりと食べられそうじゃなぁ……」


 縛られて動けない人間は、魔物にとってとても狙いやすいだろう。シュエがしみじみとそんなことを口にすると、意識を取り戻した人たちが身震いをした。自分がどんな運命を辿るかを想像してしまったようで、血の気が引いている。


「情報を吐かぬのなら、このまま放置するが?」

「――リーダー、おれ死にたくないです……」


 まだ日が高いとはいえ、魔物はいつ襲い掛かってくるかわからない。いつ脅威が来るのかわからない状況。逃げらない状況。このままでは魔物に無抵抗で負けしまう、状況。


 一緒に縛られていた男性が、弱々しく言葉を吐く。


「うむうむ、短い人生、命を大切にせんとなぁ? ……というか、そなたリーダーだったのか」


 シュエは男性の前にしゃがみ、顔を覗き込む。明らかに狼狽ろうばいしている様子だ。


「さぁ、さっさとわらわたちに情報を渡せ」


 にーっこり。シュエが満開の笑顔を見せると、男性はわなわなと身体を震わせ――大きくため息を吐いた。どうやら、決心はついたらしい。


「ギルドの場所は森の中。暗殺者ギルドの者じゃないと入れないようになっている」


 悔しそうに表情を歪めながらも、その悔しさを言葉に乗せないように淡々と情報を伝える男性に、シュエはリーズを見上げた。あとは、彼がやってくれるだろうと考え、少年とその護衛が辺りをぐるぐる歩き回っていること気付き、彼らに駆け寄った。


「すまんのぅ、情報を聞き出すのにちぃと時間が掛かって」

「いや、それは構わないのだけど、ええと、彼に任せて良いの?」


 ちらりとリーズを見る少年に、シュエは大きくうなずく。


「うむ。リーズに任せておけば大丈夫じゃろう、たぶん」


 こそっと一言付け加えてから、シュエは少年と護衛に顔を向けて足を止め、腰に両手を添えた。


「――では、そなたたちにも尋ねよう。お主ら、わらわたちに隠していることはないか?」


 真摯しんしなまなざしを向けて、シュエは彼らを観察する。少年はわけがわからない、とばかりに目を丸くさせ、護衛は心当たりがあるのかすっと視線を下げた。


「命を狙われる覚えが?」

「ないよ! 馬車の中でも言ったけど、三兄弟の真ん中で『生きていればいい』って感じだって」

「それにしては派手に狙われたと思わんか? というか、暗殺者ギルドが白昼堂々襲って来たこともおかしい」


 普通、暗殺といえば闇に乗じて、だろうとシュエが肩をすくめると、護衛の男性が「そうですよね」と考えるように口元に手を当てて、首を捻っている。


「こんなに明るい場所で黒服の人たちが暴れるなんて、逆に目立ちますよね」

「じゃろう?」


 縛られている人たちを眺め、少年もこくりとうなずく。


「これがただの盗賊や山賊なら、まだわかるんじゃがな。『暗殺者』じゃからのぅ」


 息を吐いて辺りを見渡す。空を見上げるとあれだけ晴れていたのに、段々と曇ってきた。


「前途多難な仕事になりそうじゃ」


 頬に手を添えてゆっくりと息を吐くシュエに、少年と護衛は首を傾げた。


 彼らと会話をしていると、リーズが近付いてきた。そして、シュエたちに声を掛ける。


「暗殺者ギルドの場所がわかりました。この森の奥のようです」

「ほう。ならば、案内してもらおうか」


 シュエは名案とばかりに表情を明るくさせる。そんな彼女に、少年は不安そうに眉を下げて、護衛を見上げた。


「大丈夫ですよ、坊ちゃん。必ず、お守りしますから」


 ぐっと拳を握って意気込む護衛を前に、少年はきゅっと唇を噛み締めて首を動かす。


「では、ひとりを除いて解放するか」


 シュエの一言にリーズがうなずく。リーダーと呼ばれていた男性以外を解放すると、うかがうようにシュエたちとリーダーを見た。


「散れ!」


 男性の一喝に反応し、黒ずくめの人たちがまるで蜘蛛の子を散らすように逃げていった。残されたのは、あの人たちをまとめていたリーダーだけ。


「さて、早速案内してもらうか『リーダー』?」

「後悔しても遅いからな……!」


 ぎりっと唇を噛み締める姿を見て、シュエは口元に弧を描いた。

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