初仕事! ☆3☆


 さて。リーズがこんこんと言い聞かせて一時間。さすがにそのくらいの時間が経てば、黒ずくめの人たちが意識を取り戻した。とはいえ、しっかりと縛っているので動くことはできないようだ。


「リーズ、リーズ、あいつら起きたようじゃぞ」


 彼の気を逸らすように話すと、彼は漆黒の瞳をシュエに向けてから「うう……」と唸る人たちに視線を移動した。


「そのようですね。では、話しかけてみましょうか」


 シュエは大きくうなずく。縛っている人たちを見渡して、こちらを睨んでいる人に気付き、そちらに足を進める。


「誰の指示じゃ?」

「話すと思うのか?」


 ぎりっと唇を噛み締めるのを見て、シュエは大きく息を吐く。シュッと素早く扇子を彼の額に押し当てる。


 ――見えなかった、とばかりに目を大きく見開く姿を見て、シュエは口元に弧を描く。


「――さぁ、話してみよ。わらわがきちんと聞き届けよう」

「――ッ」


 はくはくと空気を求めるように口を動かす。シュエは肩をすくめて扇子を彼の額から離した。代わりに扇子を開き、自身の口元を隠す。


「人間とは本当に脆い者よの」


 ぽそりと呟いた声は、男性には届かなかったようだ。空咳を繰り返すのを見て、リーズがシュエの前に立った。


「とりあえず、知っていることすべて話してくれませんか?」


 リーズの氷のように冷たい声色に、シュエは「ひぇっ」と身震いをした。自分の身体を抱きしめるように二の腕を掴み、感じた寒さを誤魔化すように腕を擦る。


「――で? どうしてあの少年を狙ったんです?」


 すぅっと目元を細めて尋ねるリーズに、男性はカタカタと震え始めた。リーズの威圧を間近で受けているのだから、それも当然だろうとシュエは息を吐く。


「……だ、だれが、いうか……っ」


 それにも耐えるか、とシュエは目を丸くした。敵ながらあっぱれと感心していると、リーズが面倒そうに髪を掻き上げた。


「良いから、言いなさい。良いから」


 同じ言葉を繰り返していることからも、彼が苛立っていることがわかる。なにをそんなに苛立っているのかと首を傾げて、ハッとした。あの男性は、シュエの足首を掴んだ奴だ、と。


(過保護すぎるじゃろう……)


 呆れたように肩をすくめて、首を左右に振る。人間に力強く握られたって、シュエのほうが丈夫なのだから痕がつくとは思えない。ということは、ただ単に自分に触れた相手への怒りだろうか、と考えてシュエはすかさずその考えを一蹴した。


(リーズがわらわのことを心配するのは、父上に頼まれたからというのが強いじゃろう。それと、生まれたときから知っている仲だから、妹のように思っているのかもしれなんな)


 そっちのほうがしっくりくる、と扇子を持たない手を胸元に添えた。


「――話さないなら、舌を斬りますよ。喋らないのでしたら、不要ですよね」


 その脅し文句が聞こえ、リーズの服の袖を引っ張る。


「その脅しで口を割るか?」

「本来なら拷問をするところでしょうけれど……年端もいかない人の前だと衝撃が強いでしょうし」

「……もしやその『年端もいかない』者の中にわらわも入っておるのか?」

 少年に視線を向けてからリーズに戻す。シュエは自身の年齢を思い浮かべながら彼を睨む。


 リーズはもちろん、というように首を縦に振った。


 納得いかない、とリーズを睨むシュエに、彼はこほんと一度咳払いをしてから再び男性に問いかける。


「言わないつもりか?」

「俺たちはただ雇われただけ、だ……」


 ぐっと表情を顰めながらも、男性がぽつりと答えた。苦々しい表情を見ながら、リーズは淡々と情報を引き出していく。


 ――曰く、少年を誘拐せよ、という依頼があった。その依頼は匿名だったらしい。しかし報酬はかなり高額だったので、恐らく貴族だったのだろうということだ。


「……ギルド? お主ら、ただの盗賊や山賊ではなかったのか?」

「嬢ちゃん、いろんなギルドがあるもんなんだよ」

「なんのギルドじゃろ……?」


 黒ずくめの人たちがいるギルドの活動がさっぱりわからず、シュエが首を傾げているとリーズは見当がついているのか、嫌そうに眉根を寄せて「――暗殺者ギルドですか?」と男性に尋ねた。びくり、と彼の肩が大きく跳ねたのを見て、当たりか、と思考を巡らせる。


「暗殺者ギルド? そんなものもあるのか、この世界」

「暗殺者という名の汚れ仕事ギルドですね。主に罪を犯し闇にしか所属できない人が入るギルドです」

「詳しいのぅ」

「私が旅をした場所にもありましたから。懐かしい響きです」


 本当に懐かしんでいるようで、目元を細めて遠くを見つめていた。リーズが旅をしていたときに、暗殺者ギルドがどう関わってきたのかが気になるところだったが、それよりも男性の話を聞くのが先だろうとリーズの後ろから顔を覗かせるシュエ。


「のぅ、先程『匿名』と言っておったな? お主ら下っ端ということか?」

「……否定はしないが、ずかずか言う嬢ちゃんだな……」

「さすがにお主らより上層部の者は知っておろう。ギルドの場所はどこじゃ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る