初仕事! ☆2☆
ちょうど休憩するのにちょうどいい場所があったようで、馬を休ませるためにそこで少し休憩することにした。
馬車から降りてリーズが護衛にも声を掛ける。
濃緑色の髪を持つシュエを、少年はじっと見つめていた。
「どうした?」
「あ、えっと……それ、地毛なの?」
「髪か? 地毛じゃよ」
深い森のような濃緑の髪。今日は動きやすいようにとお団子にされている。髪型は毎日リーズにお任せだ。
「そうなんだ。森みたいだね」
「うむ。わらわも気に入っておるよ」
この髪と瞳は両親からの遺伝だ。ふたりの特徴を受け継いだ子どもたちしか持たない色。
「瞳の色もすごく綺麗だよね」
「翠色というらしい。カワセミという鳥を知っておるか? その鳥の色なんじゃ」
とはいえ、シュエはその鳥を図鑑でしか見たことがない。少年が「へぇ」と興味深そうに聞いていた。
リーズと護衛がシュエたちに近付き、そこで少しおやつを食べることになった。クッキーとビスケットを広げてさぁ食べようかと手を伸ばそうとし――シュエとリーズはばっと立ち上がり、リーズは剣を、シュエは扇子を構えた。
ゴォッと大きな音とともに、何者かが少年を狙っているようで、キィンッと剣と剣のぶつかり合う音が聞こえた。どうやら初手を護衛が防いだらしい。
(ほう?)
シュエはすっと目を細める。足音から察するに約二十人。少年を狙うものは何者だろうか――と思考を巡らせ、すぐに考えを振りほどくように頭を横に振った。
「シュエ。手加減を忘れずに」
「わかっておる。そなたもな!」
ダンッと力強く地面を蹴る。黒ずくめ、覆面となんとも怪しい連中を相手に、シュエは舞うように急所を突いていく。竜人族の力に耐えられるように作られている鉄扇は硬い。その硬さは、恐らく彼らにとって驚愕のものだったのだろう。
続々と倒れ込んでいく黒ずくめの集団。リーズはちらりとシュエの様子を見ながら、攻撃を避けている。
「よそ見とは、気が抜けているなぁ!」
「いえ、気は抜いていませんよ」
リーズの目を狙っている切っ先を避け、剣の柄で相手の顎を砕くように振り上げる。
「ぐぁっ」
と、耳障りな悲鳴がリーズの耳に届き、彼は眉根を寄せた。
ふわり、と彼の長い胡桃色の髪が舞う。その姿さえも、まるで演舞のひとつのようだと少年がぐっと胸元の服を掴み、視線を落とす。
シュエとリーズの活躍で大体の敵が地面に伏した。
最後のひとりは護衛が倒していた。
(人間も強いものよな)
感心したようにシュエが心の中で呟く。ゆっくりと息を吐いて、辺りを見渡す。せっかく美味しいものを食べる予定だったのに、と唇を尖らせ八つ当たりするとうに地面に転がっている黒ずくめのひとりを軽く蹴った。
「で、お主ら何者じゃ? わらわのおやつの時間を邪魔してまで、なぜ襲ってきた?」
苛立っているのか、シュエの声はまるで氷のように冷たい。
「……ッ」
問いかけには答えず、黒ずくめの人はシュエの細い足首を掴み、ぐっと力強く引っ張った。まだそんな力があったのか、と目を丸くしていると、体勢が崩れてシュエの首に腕が巻き付く。力を込めているのだろうが、シュエには平気だった。
(ふむ、こんなもんかの?)
形勢逆転とばかりに不敵に笑うシュエを捕まえている人に対し、リーズはシュエをじっと見た。その視線に「助けますか?」と問いかけられている気がする。
シュエは口角を上げた。
「のぅ、その程度の力で、わらわを抑えられると思うたか?」
「なっ!?」
あまりにも平然としているシュエを見て、少年も護衛も驚きを隠せない。シュエは相手の胸を思い切り叩いた。
「ぐっ!」
その一撃でシュエを捕らえた人は崩れ落ちた。
「やれやれ」
完全に意識を失ったのを確認して、リーズに視線を向ける。彼は小さくうなずいて、鞄から縄を取り出し、三人一組にして縛り上げた。
「怪我はないか?」
「おれは平気だけど、きみは……」
「心配いらん。わらわは冒険者だしのぅ」
ひらひらと手を振るシュエに、少年はほっと息を吐いた。
「この人たちはどうしましょう?」
「ここら辺は悪鬼や魔物が出るのか? 置いておけば餌か?」
「怖いこと言いますね、この子……」
「ははは」
リーズが無表情で笑った。それを見てシュエは身震いをした。怖い。
彼は元々表情筋が忙しいほうではない。だが、ここまでの無表情を見るのは久しぶりだ。
「足首、痕が残っていませんか?」
「平気じゃよ。あの程度の力では無理じゃ」
肩をすくめるシュエに、リーズは重く長く息を吐いた。
「わざと、でしたね?」
責めるような口調にシュエは目を逸らす。リーズは左手で顔を覆い、もう一度重いため息を吐いた。
「自分の力を試したかったのでしょうが、悪手ですよ」
「むぅ」
頬を膨らませるシュエに、リーズの説教が始まった。
彼が説教をし始めると長い。こんこんと言い聞かせるリーズに対し、シュエはしゅんと項垂れてしまった。そんな様子を見て、少年と護衛は顔を見合わせて、辺りをぐるっと一周することにした。
シュエとリーズの近くからはあまり離れないように。彼の説教があまり聞こえない場所へ。
「あのふたり、仲良いね」
「ええ。まるで家族のようですね」
「髪の色も瞳の色も違うけど、兄妹のように見えるのは不思議だなぁ」
少年と護衛がそんなことを話している間、リーズはずっとシュエに危険なことをするなと説教していた。
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