冒険者として

初仕事! ☆1☆


 ――冒険者として依頼を遂行する日になった。


 あの宿屋に泊まりながら、街を観光しいろいろな美味しいものを食べたシュエは満足げに鼻歌を奏でながら依頼書を読み、目的地へ向かっている。隣にはリーズもいて、ちらりとご機嫌なシュエの様子を見て肩をすくめていた。


「そろそろかのぅ?」

「ええ、北口はこっちだと教えてもらいましたからね」


 北口の門から隣国に向かうらしい。シュエたちが北口につき、辺りを見渡すと、いかにも『貴族が乗っています』という馬車が視界に入った。


「……盗賊や山賊たちの格好の餌では?」

「これほどいかにもな馬車、初めて見た」


 リーズとシュエはまじまじと金色に輝く馬車を眺める。


「あ、こっちだよ!」


 少年が大きく手を振ってシュエたちを呼ぶ。隣には護衛の姿もあり、すぐに出発できそうだ。


「――改めまして、冒険者のリーズとシュエです。ご指名ありがとうございます」


 リーズが胸元に手を置いて頭を下げる。


「わらわたちに任せておけ」


 にっと口角を上げるシュエ。そんなふたりを見て、少年と護衛は「よろしく」とばかりに手を差し出す。少年はシュエと、護衛はリーズと握手をし、シュエとリーズは馬車に乗り、護衛は御者をすることになった。少年も馬車に乗り、早速出発する。


「……依頼、受けてくれてありがとう」


 少年が真剣な表情を浮かべて頭を下げた。シュエとリーズは顔を見合わせてから、少年に視線を向けた。


「指定されたからのぅ。こんなにすぐ、冒険者としての仕事ができるとは思わなんだ」

「変な人たちに狙われるのはもうこりごりだよ」


 やれやれとばかりに頭を振る少年に、シュエは彼を助けたときのことを思い浮かべる。確かにそうだろう。


「のぅ、今も肌身離さず持っておるのか? あの宝石」

「アクアマリンのこと? 持っているよ」


 ほら、とアクアマリンを見せる少年に、小さくうなずく。


「ふむ。やはり宝石は綺麗じゃのぅ。お主は海を見に行ったんじゃろう? 船には乗ったか?」

「う、うん。遊覧船に乗ったよ。陸と全然違うから驚いた」


 シュエは目元を細めて微笑む。そして、扇子を取り出してピッと前に振り、アクアマリンを指す。


「その宝石はな、『沈まない、浮かび上がる』という縁起があるんじゃ。それを渡したそなたの親か?」

「そう、だよ」

「愛されておるのぅ」


 扇子を広げて口元を隠す。


 アクアマリンには海底から浮き上がったという故事がある。そのことから船乗りのお守りとして使われていた。


 海が見たいという息子に、お守りとして持たせていたのだろう。それが狙われる理由でもあるのが、なんとも言えずこっそり息を吐くシュエに、少年が首を傾げる。


「……お守り、かぁ」

「信じられんか?」

「よく、わからない。両親とはあまり、話さないから」


 無理矢理笑顔を浮かべる少年に、シュエは少し考え込んだ。そして、口を開く。


「忙しい人なのか?」


 少年は首を縦に動かす。両親ともに忙しいのなら、話すことも滅多にないのかもしれない。


「だから、あの護衛が『家族』のようなものなんですね」

「うん。生まれてからずっと一緒なんだ」


 護衛のことを話す少年の表情は明るい。物心ついた頃から一緒にいる相手だからか、話のタネはたくさんあるらしく、少年はいろいろなことを話してくれた。


 護衛というよりは年の離れた兄であるような存在だと、朗らかな表情で話す彼を見て、シュエはうんうんと相槌を打ちながらその話を聞いていた。


「そうか、大切な存在なんじゃな」

「……うん、家族みたいなものだから」

「両親とも、たくさん話したいか?」

「……どうだろう。おれが生きていればそれでいいって感じだと思う。きっと兄弟の中で一番おれに興味がないんだ」

「ほう?」


 シュエがこてんと首を傾げる。少年は頬を軽く掻いて眉を下げた。


「おれ、三兄弟の真ん中でさ。長男は後継者だし、三男は身体がちょっと弱くてさ。真ん中のおれはあんまり」


 と、悲しそうに笑う少年を見て、シュエは肩をすくめた。


「そなたは愛されておるよ」


 優しい声色でシュエが声を掛ける。少年は目を丸くして彼女を見た。


「どうして、そう思うの?」

「どうでもいい子にアクアマリンをお守りとして渡すとは思えんし、『海が見たい』という息子の願いを叶えるためにあの街まで向かわせるかのぅ?」


 少年はぱちぱちと目を瞬かせ、じっとシュエを見つめた。


「それは……そうかも……?」

「家に帰ったら両親と話してみると良いじゃろう」

「うん、そうする。ありがとう」


 どこか吹っ切れたように見える少年に、シュエは満足げに微笑む。その姿を見て、リーズが思い出したように鞄からなにかを取り出した。


「ん? リーズ、それはなんじゃ?」

「クッキーとビスケットの詰め合わせです。宿屋の方からいただきました。そろそろ小腹が空く時間でしょうし、馬も休ませないといけませんから、休憩しませんか?」


 リーズの提案に、シュエと少年は賛成した。少年が護衛に声を掛け、休憩できる場所を見つけて休むことにし、それまでの間もう少しだけ、話に花を咲かせることにした。

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