海辺にて ☆3☆


「のぅ、リーズ、昼までこれほど美しいのじゃから、夜の海も美しいのじゃろうか?」

「月の出ている日はとても綺麗に見えるでしょうね。ただ、夜の海は暗闇そのものですから、姫さまには怖く感じるかもしれませんよ?」

「漁師の船に乗ったときだって暗かったろう」

「あれよりも、ですよ」


 シュエは真っ暗な海を想像してみた。しかし、そんなに怖いような気はしなかった。


「見てみたい!」

「では、夜に抜け出してみましょう」


 リーズの言葉にシュエは大きくうなずいた。ワクワクと期待している瞳を爛々と輝かせ、「うむ!」と元気に返事をした。


 それからまた少しの間砂浜を歩いてから、宿屋に足を運ぶ。


「あ、戻ってきた!」


 宿屋の子どもがシュエとリーズに気付いて大きく手を振る。それからぱたぱたと駆け寄ってきて、「大丈夫だった?」と心配そうに眉を下げて声を震わせながら尋ねてきた。


「うむ、もう解決してきた」


 冒険者ギルドに置いてきたから、あとは彼らがなんとかしてくれるだろうと考え、シュエは白い歯を見せた。子どもはほっとしたように息を吐いて、胸を撫でおろす。


「それにしても、お客さんすごいね、なんであんなに高く跳べるの?」

「ん? それはのぅ……実は正義の使者だからじゃよ」


 リーズから降りたシュエは、子どもを手招いて少し屈んだところにこっそりと耳打ちをする。すると、子どもは大きく目を見開いて、シュエとリーズを交互に見て興奮したように頬を赤らめた。


「内緒じゃぞ」

「うん、約束するっ」


 子どもは何度もうなずいた。それを見たシュエがつま先立ちになり、子どもの頭を撫でる。


 それから、ふわぁと大きな欠伸をして、


「昼寝する……」


 と、うとうとしながらリーズを見上げる。リーズはシュエに手を差し伸べた。その手を取って、部屋に向かいベッドに寝転ぶとあっという間に眠りに落ちた。


 すやすやと眠っているシュエを見て、リーズは肩をすくめる。毛布をシュエの肩までかけると、自分はベッドに座り荷物から本を取り出してパラパラと読みだした。


 シュエの寝息とリーズのページを捲る音が、静かな室内に響いた。


◆◆◆


「――夜じゃ! 真夜中じゃ!」


 ――シュエが次に目を覚ましたとき、辺りは真っ暗だった。がばっと起き上がって窓の外を見ると真っ暗で、今が真夜中だと思い傍にいるであろうリーズを探す。


 リーズはほのかな灯りで読書をしていたようで、パタンと開いていた本を閉じてからシュエに顔を向けた。


「よく眠っていたようですね」

「眠りすぎたわ!」


 リーズは口元に人差し指を立てる。真夜中に大きな声を出さないように、と。シュエは慌てて口元を両手で覆う。


「それでは、姫さま。真夜中の海を見に行きましょうか」


 シュエは目をぱちぱちと瞬かせて、大きく首を縦に動かす。


「あと、サンドウィッチを作ってもらいましたよ。海を見ながら食べましょう」

「やった!」


 小声で喜ぶシュエを見て、リーズは優しく微笑む。


 寝ている人たちを起こさないように、そっと窓を開ける。広がる夜空は星々できらめいていた。


 リーズが手を差し伸べシュエがしっかりとその手を握る。


 辺りを見渡して寝静まった街を眺め、リーズがその姿を龍へと変える。彼の胡桃色の髪と同じ色の龍だ。シュエを大事そうに抱えて空を飛ぶ。すぐに海辺についた。


 ふわり、と海辺に降り立ち、夜の海を眺めた。リーズも龍の姿から人間の姿へ戻り、両手の親指と人差し指で輪を作る。ぽわりとほんのり明るくなったところに手を入れ、作ってもらったサンドウィッチを取り出す。


「夜に見る海も良いものじゃな」


 ちょうど満月の日だったようで、真夜中の海に月の道ができていた。


「近いようで遠いのぅ」

「ええ。はい、どうぞ」


 サンドウィッチを差し出すリーズに、シュエは「ありがとう」と微笑んでから手に取り、ぱくりと食べた。ハムとチーズのサンドウィッチで、チーズの濃厚さとハムの塩気がちょうどいい。


「パンに挟むだけで美味しいなんて……」

「片手で食べられて便利ですよね」


 そんなわけで、今日もシュエは景色よりも食べ物のほうが好きなようだ。


 そんなシュエを眺めつつ、自分もサンドウィッチを頬張るリーズ。幸せそうに食べているのを見るのは、なかなか楽しい。


「姫さまはなんでも美味しく食べますね」

「食べてみないと美味しいかどうかわからんじゃろ」


 そう言いながら二個目のサンドウィッチに手を伸ばす。今度はレタスとハムのサンドウィッチだった。シャキシャキのレタスが良い食感だ。


「リーズ。三日後の――いや、二日後の冒険者として初仕事の件じゃが」


 もぐもぐ、ごくんと飲み込んでから、冒険者ギルドで渡された依頼のことを思い出しながら顔を彼に向けた。


「はい、なにか不明点がありましたか?」

「あの少年――……隣国に帰るようじゃったな。護衛もいたが、わらわたちの手が必要か?」

「いるから、依頼をしたのでは?」


 こてんと小首を傾げるリーズ。彼の胡桃色の髪がさらりと流れた。


「そんなに隣国まで悪鬼や魔物がいるのかのぅ」

「盗賊や山賊がいるのかもしれませんよ。なにはともあれ、引き受けたのですから仕事はしっかりしないと」

「それはしっかりやるから安心せぃ」


 これから一体どんな旅になるのだろうかと想像して、シュエはすっと目元を細める。


 ――どんな旅になっても、家族への土産話になるか、と考えてシュエは真夜中の海を満喫した。


 海面に映る月の光を眺めながら、シュエはサンドウィッチを美味しくいただいた。

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