海辺にて ☆2☆


 焼きそばを食べ終えて、満足そうに笑みを浮かべるシュエを見て、リーズは焼きそばの乗っていた皿と使用済みの箸を回収して、「ここで待っていてください」と返却しに行った。


 シュエは白いテーブルの上に肘をつき、頬杖をしながら海で遊ぶ人たちを眺める。


 浮き輪を持って浮いている子どもや、競争をしているのか並行で泳いでいる人、日に焼けるのが目的なのか露出が際どい男女。一言で『水着』と言っても、いろいろな種類があるのだなと感心するほど、様々な水着を着ている人たちを眺めた。


 そしてシュエの元にリーズが近付いてくる。


「シュエも入りたいですか?」

「うーん、入ったといえば入ったけどのぅ……」


 クラーケンを倒すときに海に落ちたことを思い出し、あの海のしょっぱさを思い出して顔をしかめた。


「泳げるようになりたいのでしたら、お付き合いしますよ」

「うーん……」


 シュエは考える。付き合う、ということはリーズも水着になるということだろうが、これから水着を買って泳ぎの練習をするのもなぁとうだうだしていると、ちらちらとこちらを……いや、リーズを見ている女性たちの姿がシュエの視界に入る。


(女性たちの視線をかっさらうじゃろうなぁ)


 水着姿のリーズを想像して、唇を尖らせる。女性たちに騒がれている様子を思い浮かべると、面白くはなかった。


「とりあえず、浜辺を歩いてみたい!」

「では、散歩しましょうか」

「うむ!」


 差し出された手を取ってシュエはリーズと散歩を楽しむことにした。


 砂浜を歩くことはなかなか新鮮で、海を見ながらリーズと歩くのも悪くないな、と思っていると女性がリーズに近付いてきた。


「あのぅ、お兄さん。良かったら、私たちと海を楽しみませんか?」


 豊満な胸を強調するような仕草で近付いた女性に対し、リーズは緩やかに首を横に振り断りを入れる。それでも女性はしぶとかった。彼の腕に胸を押し付けるようにして誘惑をした……が、


「すみません。あなたに興味はありませんので」


 と、ばっさり切り捨てた。自分の容姿と体型に自信があったのだろう彼女は、一瞬ぴしりと硬直し、わなわなと震え出す。


「ほらーやっぱりあんたじゃダメだったじゃん」

「ねえ、お兄さん、うちらと遊ぼ?」


 わらわらとリーズの元に女性が集まる。シュエはその様子を眺めていたが、段々と彼の機嫌が急降下していくのがわかり、こほんと咳払いをした。


 シュエに視線を落とすリーズの表情はまさに『無』そのものだった。人間に興味がないのは本当らしい。


「申し訳ありませんが、他を当たってください」


 女性たちを見て冷たい視線を向ける。リーズの腕に抱きついていた女性が顔を青ざめて離れた。その隙にシュエを抱き上げ、足早に去っていく。


「なんなんのよー! もー!」


 女性の大声が聞こえたが、無視をして砂浜を歩くリーズを見て、もしかしてモテるのも大変なのか? とシュエは目元を細めて考えた。


 しばらくそのまま砂浜を歩き、人がまばらになったところで足を止め、そのまま海を眺めること数分。


 波の音がただ響く。


「リーズ?」

「いえ、どの世界も海は広いものだな、と思いまして」

「お主の旅は、どんなものじゃった?」

「以前教えたような気がするのですが?」

「簡単にのぅ。詳しくは教えてもらっておらん」


 リーズは少し考え込んだ。正直に言えば、成人前の旅のことはもう記憶が薄れるくらい昔の話だ。なので、詳しく教えて欲しいと言われても悩んでしまう。


「なにせかなり昔のことですから……」

「どんな世界だったんじゃ?」

「そうですね、我々の世界と同じくらいの文明でした。人々も優しい人たちが多かった気がします」


 竜人族の見た目は人間と変わらない。まだ幼い姿で旅をしていると、親切にいろいろと教えてくれる人たちもいた。


 そのことを思い出しながら、「なにがあったかな……」と悩んでいる姿を見て、シュエは首を傾げる。


「印象的なことはなかったのか?」

「あるにはありましたが、姫さまが生まれたあとのほうが印象的でしたから……」


 シュエが目を丸くした。自分が生まれたときのことは覚えていない。一体自分はどんな生まれだったのだろうか。


「元気な女の子が生まれたと、宮中騒ぎになったものです。姫さまの部屋は桃色が多かったのは、陛下が自ら用意したからなんですよ」

「え、そうじゃったのか!?」


 翠竜国の自身の部屋を思い浮かべた。確かに桃色の調度品がいろいろあった。物心ついたときからそうだったので、なんの違和感もなく使っていたが、あれらすべてを父が選んでいたのだろうかと考えて、思わずき出した。


「想像するとなかなか面白いのぅ。生まれる前から性別がわかっていたのか?」

「ええ。皇子たちも泣いて喜んでいましたね」

「泣いて……?」

「それだけ『妹』が欲しかったのでしょうね」

「喜んでいいのか嘆くべきか……」


 シュエはやれやれとばかりに息を吐く。


「姫さまが全員から望まれた存在ということですよ」

「まぁ、そういうことにしておこう」


 家族に愛されていることは、シュエが一番よく知っていることだから。

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