海辺にて ☆1☆


「まぁ、いいか。とりあえず、そのままそこら辺に転がしておいてくれ」

「わかりました」


 リーズはそう言って捕まえた人たちをごろごろと床に転がした。


「あ、そうだ。さっき依頼が入ったぜ。あの少年からな」


 ギルド長は受付嬢を呼び、依頼書をシュエとリーズに見せた。シュエは依頼書を受け取り、視線を落して内容を確認する。先程少年が言っていたようなことが書かれていた。


「報酬は金貨十枚ですか。随分と多く出しましたね」

「それだけあんたらのことを気に入ったってことだろ。で、受けるのか?」

「うむ、もちろんじゃ。これが冒険者として初めの一歩じゃな」

「……あ、こいつら捕まえたことはノーカウントなわけね」


 ギルド長が後頭部に手を置いてがしがしと掻く。


「それじゃあ、まだ時間はあるし、わらわたちはこれで」


 シュエはそう言って冒険者ギルドから出ていく。依頼書をリーズに渡すと、彼は丁寧に折りたたんで鞄に入れた。


 出発は三日後なので、それまではこの街を観光することに決めたのだ。


「む、これは香ばしいソースの香り!」

「海のほうでなにかやっているみたいですね」

「賑やかで楽しそうじゃのぅ! リーズ、くぞ」

「そんなにはしゃいでは転んでしまいますよ」

「おぬし、わらわを何歳じゃと思っておるんじゃ!」


 言葉を返しながらシュエは駆け足で海に向かう。


 海辺は人で溢れかえっていた。シュエとリーズが海の魔物を倒していたからか、海水浴を楽しんでいるように見える。


「……のぅ、海って入って大丈夫なのか?」

「……大丈夫だから入っているのではありませんか?」


 子どもたちがキャッキャッとはしゃいでいるのを見て、シュエもリーズも思わず現在の気温が何度だろうかと考えた。水温は人が入っても大丈夫なのだろうかと思考を巡らせ――ふと辺りを見渡し水着を着ている人たちに気付いてリーズの袖を引っ張った。


「この国の水着、随分と大胆じゃな?」

「……シュエ?」

「お主には目に毒か?」


 にやりと口角を上げるシュエに、リーズは眉根を寄せた。くっきりと彼の眉間に刻まれた皺を見てシュエはくふくふと肩を揺らす。


「人間に興味はありませんよ」

「なんじゃつまらん」

「そういうシュエはどうなのです? 男性の半裸を見て」

「うーむ……、もうちょいこう……筋肉がついているほうが好みじゃのぅ。やはり男は強くてなんぼじゃろ」

「それ、誰に言われたのです?」

「母上」


 その言葉を聞いて、リーズは口を閉じた。代わりに重々しく長いため息を吐いた。


「一体皇后陛下は姫さまにどんな教育を……」


 独り言のように呟くリーズを見て、シュエは翠竜国にいる母を思い浮かべて懐かしむように目元を細めた。


『わたくしと陛下は政略結婚でもありましたが、そこからゆっくりと愛を育みあなたたちが生まれました。陛下は不器用でも優しい方で、特にわたくしを守ってくれるところに愛を感じましたね。良いですか、自分を守ってくれる人を伴侶に選ぶのですよ』


 そう言っていたことを思い出し、ちらりとリーズを見る。リーズはシュエの護衛だ。シュエよりも強い。そして、彼女の強さを理解して手助けしてくれる家族のような存在。


(母上が言っていた『守る』には、どんな意味があるんじゃろうなぁ)


 ただ一言、『守る』だけではよくわからなかった。シュエも大人に近付けばわかる、と言われていたなと肩をすくめると、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。


 すぐに思考がそちらに向き、シュエはリーズに声を掛けた。


「あっちでなにか売っておるぞ! 食べてみよう!」

「さっき塩ソフト食べたでしょう」

「まだ食べられるもん」


 ぐいぐいとリーズの袖を引っ張る。彼は諦めたようにひとつ息を吐いてから、「わかりました」と口にしてシュエの手を取り、歩き出した。


 シュエとリーズは良い匂いを漂わせているお店に近付き、行列ができていることに目を丸くしつつ、最後尾に並ぶ。


 そこそこサクサクと行列は進み、いつの間にかシュエたちの番になった。


「お勧めはなんじゃ?」

「うちのお勧めは焼きそばだよ!」

「では焼きそばをふたつお願いしよう」

「まいど!」


 鉄板で手際よく焼きそばを作っている。こういう場所で食べるのは初めてだ。海辺で焼きそばを食べるとは、なかなかに贅沢なことでは? とシュエは渡された焼きそばと箸を大事そうに受け取り、座れる場所を探した。


「あちらで食べましょう」

「うむ!」


 リーズが座れる場所を見つけたらしく、そちらに向かって歩いていく。白い砂浜にたくさんの白いテーブルと椅子が用意され、ビーチパラソルで日陰ができている。


「……なんというか、こういう風に食べるのは初めてじゃのぅ」

「海を眺めながらの食事はしましたけどね。船の上で」

「みんな楽しそうじゃのぅ」

「ええ。人々が笑顔で過ごせるのは良いことですね」


 海の水面はきらきらと輝いていた。眩しそうに目元を細めるシュエに、リーズが声を掛ける。


「冷めてしまいますよ」

「そうじゃな! せっかくの出来立て、熱々のうちに食さねば!」


 シュエは早速焼きそばを食べだした。濃厚なソースに絡まる焼いた麺にキャベツのザクザク感、豚肉の脂の甘さ。さらに紅ショウガが良い仕事をしている。濃厚なだけではなく、後味が爽やかだ。


「うむ、うまい!」

「こういう場所で食べると、余計に美味しく感じますよね」

「リーズは経験があるのか?」

「私も旅人だったんですよ」


 そういえばそうだった、とシュエは焼きそばを食べながらこくんとうなずく。


 リーズがどんな場所を旅してきたのか、シュエはざっくりとしか知らない。いつか、詳しく聞いてみてもいいだろうかと考えながら、焼きそばを食べることに集中した。

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