新たな国 ☆10☆


「そなたたちはそなたちの絆があるのじゃろう。その絆、大事にせいよ」


 シュエはそう言うと塩ソフトをすべて食べ終える。満足そうに口元を緩める姿を見て、少年はふっと笑みを浮かべた。


「そうだね、うん。ありがとう」

「どういたしまして」

「……あ、ねえ。きみたちはいつまでこの街にいるの?」

「とりあえず三泊する予定じゃよ。なぜそんなことを気にする?」


 少年は視線を塩ソフトに落としてから、顔を上げた。そして、こう口にする。


「隣国に帰る日に、きみたちを護衛として雇いたいんだ」

「でしたら、冒険者ギルドで依頼をしてください。私たちは冒険者ですので」

「は、はい!」


 リーズは淡々とした口調でそう言い、アイスコーヒーを飲む。すべて飲み終えたのを見て、シュエがくいくいと彼の服の袖を引っ張った。


「なぜ冒険者ギルドを介する必要があるんじゃ?」

「そういう仕組みだからですよ。我々は冒険者になったので、個人を指名してもらうことになります」

「そうじゃったのか。ただの身分証明書ではないんじゃな」

「はい。それに、これで一回は依頼を受けたことになりますからね。指名のときは必ず『シュエとリーズに』と伝えてくださいね」

「わかった、そうするよ!」


 少年は元気にうなずいて、残りの塩ソフトを食べた。

 少年たちとは喫茶店でわかれ、シュエとリーズは喫茶店の前でこれからどうするかを話し合う。


「とりあえず、散らばって逃げたやつらを探すか?」

「探さなくても、見つけられますよ」


 リーズはすっと己の左手を空にかざした。彼の指には白い糸が逃げた人数分巻き付いていた。


「抜かりないのぅ」

「万が一のためですよ」


 シュエが目を丸くして彼の左手を見つめる。すぅっと目元を細めると、彼の背中をばしばしと叩く。リーズは少し痛そうにしながらも、「行きますか?」と問いかけた。シュエは「もちろん!」と笑顔でうなずき、逃げた人たちを見つけることにした。


「それにしても、よく人数分つけられたな?」

「姫さまが注目を集めていたおかげで、簡単でしたよ」

「ふふん」


 自慢気に胸を張るシュエに、リーズは肩をすくめる。楽しそうに軽い足取りで糸を追うシュエを見て、リーズがゆっくりと息を吐く。


「のぅ、リーズ。わらわたち、実は結構仲が良い主従関係なのでは?」

「今頃気付いたのですか?」

「だって、他の主従関係の者たち見たことなかったもん」

「家族の主従関係は見ていたでしょう?」

「それはそうじゃが、長い付き合いじゃろう? じゃから、主従というよりも家族に近い関係に見えるんじゃ」


 翠竜国に住む竜人たちの寿命は長い。長いため、付き合いも相当の長さになる。だからこそ、緊張感のある関係ではなく、家族のような感覚で接している。シュエにとって、リーズがそうであるように。


「他の種族の事情は知らんからのぅ」


 翠竜国で関わってきた人たちを思い浮かべながら歩いていると、目的地についたようだ。


「……ここに人って住めるのか?」

「うーん、まぁ、住めるからいるんじゃないですか?」


 見るからにボロボロな家屋の中に、糸が続いている。追跡用の魔法だ。翠竜国でも一時期流行った。だが、この糸は切ろうと思えば切ることができるので、そこから攻防戦が始まることもあったらしい。とはいえ、切ることができるのは竜人族だから。


 人間には到底切れることはないくらいの強度なので、糸に気付いてもどうすることもできなかったろう。


「この場合は……、たのもー! かのぅ?」


 ボロボロの扉を開ける。鍵は掛かっていなかった。簡単に開いたことに少し驚きつつも、ずかずかと大股で中へ入る。


「げっ」

「先程ぶりじゃの、おぬしら」


 軽く手を上げてからひらりと振る。そして、部屋の中を見渡して人数と顔を確認する。


 ――少年を囲んでいた大人たちで間違いない。


「さて、お主たちも罪を償うべきじゃとおもうのじゃが?」


 にこりと口元に弧を描く。しかし、目は笑っていない。シュエは扇子を取り出し、笑みを消した。


「弱者を狙うものは、わらわの中で『悪人』なのじゃ」


 シュエが一歩、前に踏み出す。


「わらわはわらわの正義のために、戦うことにしよう」


 そう言ってシュエは床を蹴った。リーズは辺りを見渡し、剣を抜くには狭いな、と考えて小さく息を吐く。体術にはあまり自信がないが、大丈夫だろうと構え、気絶させることを優先した。


 ボロボロの家に「ぐぇっ」やら「ひぃっ!」やら短い悲鳴が響く。


 次々と急所を突き気絶させていく。ひとり、ふたりと床に伏せていくのを見て、最後のひとりがヤケになったようにシュエに向かってくる。


 リーズの手が男性の後頭部に置かれ、そのままダンッ! と音を立てて床に叩きつける。


「うわ、痛そう……」

「お怪我は?」

「ないない」

「では、この者たちも冒険者ギルドに連れて行きましょうか」

「そうじゃな」


 リーズがてきぱきと気絶している相手を縛っていく。そして両肩に俵担ぎにし、ボロボロな家屋から出ていく。


 俵担ぎにしている人数が人数だからか、冒険者ギルドに近付くたびに注目を集めていた。


「おーい、こいつらも預かってくれんかのぅ?」


 冒険者ギルドの扉を開けて大きな声で話しかける。


「……なんというか、すごいな嬢ちゃんたち……」


 冒険者たちは少し呆れ気味にシュエとリーズを交互に見て、ゆっくりと息を吐いた。


 ギルド長が再び来て、シュエとリーズ、そして彼が担いでいる人たちを見て額に手を置いて天を仰ぐ。

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