新たな国 ☆7☆


「ど、どっから来たよ」


 シュエはすっと天を指す。指先を追うように、大人たちは空を見上げる。シュエは地面に刺さった自身の扇子を抜き取り、パンッと大きな音を立てて手のひらに打ち付ける。


「さぁて、お主たち。なにをしておったんじゃ?」


 シュエはすぅっと目元を細めて大人たちを睨みつける。自分たちよりも小さい女の子に睨まれただけなのに、大人たちはぐっと自身の胸元を掴み、バクバクと鳴る鼓動を落ち着かせるように深呼吸を繰り返すのを見て、シュエはすたすたと声の主に近付いた。


「そなた、さっき『たすけて』と口にしていたな?」


 顔を上げたのは、大人たちに囲まれていた子だった。少年、だろうか。水色の髪が土で汚れている。服装も全体的に汚れていて、ぬかるんだところでこけたのだろうか、と思考を巡らせていると少年は口を開いた。


「たすけて、くださいっ!」


 懇願するような、切羽詰まった声だった。なにかをぎゅっと握りしめている。


「なにが助けて、だ! 盗人猛々しい!」

「どういうことじゃ?」


 扇子を開いたり閉じたりしながら問いかけるシュエ。


「盗んでない! これはおれがもらったんだ!」

「ハッ! そんな宝石をガキにやるわけねぇだろ!」

「宝石?」


 シュエは少年が握り込んでいる右手に視線を向ける。びくっと肩を震わせる少年に、シュエは鞄から辰砂のブレスレットを出し、大人たちに見せた。


「宝石ならわらわも持っているぞ。これは父上からいただいたんじゃ。それとも、これも盗んだと申すか?」

「なんでガキが宝石を持ってんだよ!」

「いただきものだと言ったはずじゃが? それともなんじゃ? お主らはこの子が盗みを働くところを見たとでも?」


 大人たちは「うるせぇ!」と朱亞に殴り掛かってきた。どうやらいちゃもんをつけて宝石を横取りするつもりのようだ。


「どっちが盗人猛々しいんじゃか」


 呆れたように肩をすくめて、シュエは扇子を閉じて応戦した。的確に急所を突き、大人たちはよろめいていく。リーダーらしき大人が地面に膝をつくのを見て、シュエはぽつりと呟く。


「……そんなに弱くて大丈夫なのか?」

「な……っ!」

「自分の弱さを受け入れられないのか?」


 シュエは勢いよく扇子を振り上げ、眼前に突き付けた。


 短く「ひっ」と叫ぶ大人を見て、シュエはゆっくりと息を吐く。


 ――と、同時に大人の首筋にすとんと手刀が落ちた。気を失い地面に倒れ込むのを見て顔を上げると、シュエの予想通りリーズが大人を気絶させていた。


「なんなんです、この状況……?」

「あの子は?」

「家に帰しましたよ。で、これはどんな状況ですか?」

「あー……なんか、この子の持っている宝石を狙っているやつらとの、戦い……?」


 シュエも自分で言っていて自信がなくなったのか、段々と語尾が小さくなっていく。


 リーズは少し黙り、他の大人たちを一瞥すると大人たちは「ひぃ!」と叫んで早足で逃げていく。


「……とりあえず、この人は縛っておきましょうか。衛兵いるんでしょうか、この街」

「……あー、冒険者ギルドで引き取ってもらえるか聞いてみるか。のぅ、そなた! そなたも来てくれるよな? な?」

「えっ、あ……う、うん」


 少年は目をぱちぱちと瞬かせて、自身が助かったことに安堵したように息を吐いた。


「ところで、そなたはどんな宝石を持っているんじゃ?」

「あ、えっと……本当にもらいもの、だよ?」


 少年の背はシュエより高く、リーズより低い。そして、最初は戸惑っていたようだが、そっと手を開いて守っていた宝石を見せてくれた。


「ほう。これはまた美しい藍柱石じゃな」

「らんちゅうせき?」

「アクアマリン、と言ったほうが伝わるか?」

「これ、アクアマリンなの?」


 少年は驚いたように目を丸くした。


「もらった宝石の名も知らんのか?」


 今度はシュエが目を丸くする。こくりとうなずく姿を見て、思わずリーズを見上げた。


「……移動しましょうか。ここで話し込むのもなんですし」


 ひょいと気絶させた大人を俵担ぎし、シュエをじっと見る。


 シュエは少年に声を掛け、リーズとともに歩き出した。とりあえず、目的地は冒険者ギルドだ。


 シュエたちがスタスタと歩き出し、少年は慌てて駆け出す。


「ところでここはどの辺りじゃ?」

「土地勘ないのに歩き出さないでくださいよ。ちなみにここは路地裏のようですね」

「そなた、ここら辺に住んでいるのか?」

「えっと、そう言うわけじゃないんだけど……」


 少年は辺りを見渡しながら、あの人たちに追いかけられていたから、この路地裏に迷い込んだと話した。


「なんじゃ、そなたも土地勘のない仲間か。この街の者ではなさそうじゃな」


 くふくふと陽気に笑うシュエを見て、少年は気が抜けたのか眉を下げて「そうだね」とへにゃりと表情を緩めた。


「この国には暮らしているのですか?」

「うん、おれは隣国から来たんだ。海が見たくて」

「ということは、隣国は海がないのか?」

「そうだよ。内陸だから海がないんだ。だから、どうしても見て見たくて来たんだけど……」


 あの大人たちに宝石を狙われた、と。シュエは顎に指を掛けて首を傾げる。


「それにしても、その宝石は誰からもらったんじゃ?」

「親だよ。海を見に行くのなら、お守りって」


 シュエとリーズは顔を見合わせる。少年が握りしめていたアクアマリンはそこそこに大きいものだったからだ。


「そなた、貴族の子か?」

「えっ」


 少年が目を丸くする。そしてあわあわと左手を振り回し、「ち、ちがうよ!」と否定した……が、それはもう、肯定としか見えなかった。

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