新たな国 ☆8☆


「護衛はおらんのか?」

「いるにはいるけど……」


 ひとりで海を見たくて、まいてきた、と言いづらそうに視線をあちこちに彷徨わせた少年に、リーズとシュエは視線を交えて息を吐く。


「そなた、さては世間知らずの坊ちゃんじゃな?」

「世間、知らず……?」

「そんな宝石を持って歩いていたんじゃから、悪い大人に狙われても仕方なかろう」


 少年は「うっ」と言葉を喉に詰まらせ、頬を掻いた。金目の持っている子どもに目をつけ、それを奪おうとする先程の大人も大人だが、自衛することも学ばなくてはいけない、とシュエは淡々と語った。


 その語りを聞いて、リーズは複雑そうに表情を歪める。


「で、その護衛は今どこに?」

「……たぶん、街の中を探していると思う」

「護衛に会ったらきちんと謝罪するのじゃぞ」

「……そうする……」


 シュエは立ち止まり、少年に近付いてつま先立ちになると手を伸ばして彼の頭を撫でた。


 少年はびくっと身体を大きく揺らし、信じられないものを見るように彼女を凝視する。


「護衛の仕事はそなたを守ることじゃ。そなただって、痛い思いをするのはもうこりごりじゃろう?」


 シュエの問いかけに「それは、うん……」と小声で肯定した。


 撫でていた手を離して、シュエは再び歩き出す。


 少年も撫でられ場所を自分でも撫でながら、足を進めた。


「ちぃと聞きたいことがあるんじゃがー」


 冒険者ギルドにつくと、勢いよく扉を開けて中にいる冒険者たちに声を掛ける。さっき出て行った少女が戻ってきたので、中はざわついていた。


「のぅ、わらわ今日来たばかりで知らんのじゃが、こやつの顔に見覚えがある者はおるか?」


 そう言ってリーズを見上げる。彼は俵担ぎしていた人を床に寝転ばせる。顔を見た冒険者たちはぎょっとしたように目を見開いた。


「お、おいおい、こいつをどこで見つけたんだ?」

「路地裏で。なんじゃ、知り合いか?」

「知り合いっつーか、冒険者ギルドを追い出されてヤケになっていろいろ問題起こしてたヤツだよ」


 呆れたように後頭部を掻きながら、冒険者のひとりが教えてくれた。


「手下もいたようじゃが?」

「ああ、こいつパーティ組んでいたからな。そいつらじゃないか、たぶん」

「ふぅん」


 なら全員連れて来るべきだったか、とシュエはぼんやりと考えた。顔は覚えているので、見かけたら捕まえておこうと思考を巡らせていると、ギルド長が騒ぎに気付いて顔を見せる。


「さっきぶりじゃな」

「どうしたんだ、一体?」


 シュエが説明する前に、冒険者たちが矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。それらを聞き終えたギルド長は、気絶している大人に対してちらりとシュエとリーズを見てから、


「うちで預かるべきか?」


 と、問いかけた。


「衛兵はいないのか?」

「あんまり仲が良くないんだ」

「まぁ、どちらでも構わんが。そなたはどうじゃ?」


 シュエは振り返り少年に意見を求めた。いきなりのことに少年は「え、えっと……」と慌てていたが、ギルド内にいる全員が少年に注目していることに気付き、ゆっくりと深呼吸をしてから顔を上げ、真剣な表情を浮かべて言葉を発する。


「罪を認め、その罪をきちんと背負って償って欲しい、と思います」


 体格の良い冒険者たちに対し、臆さずに自分の意見を口にする少年に、シュエはふっと表情を緩めた。


「よく言った」


 シュエが柔らかく微笑みながら、少年にだけ聞こえるように小さな声で伝えると、彼はこくりと首を縦に動かした。


「ところで、なぜ衛兵と仲良くないんじゃ?」

「ちょっとした行き違いがあってな。衛兵の手柄になるはずのことを、オレらが奪っちまったんだ」

「手柄を奪う?」


 どんな手柄を奪ったのかを尋ねると、街に魔物が現れたとき、衛兵よりも冒険者が活躍したと聞き、シュエは眉間に皺を刻んだ。


「魔物に襲われている一般人を助けるのは衛兵だけの仕事ではなかろ?」

「お偉いさんはそう思わなかってこった」


 肩をすくめるギルド長を見て、「面倒な世の中じゃなぁ」と同情するように言葉をこぼすと、彼に近付いて慰めるように背中をぽんぽんと叩いた。


「ところで、さっき『子どもを探している』ってヤツがここに来たんだか、もしかしてお前かぁ?」

「……たぶん、そうだと思う」

「そうか。きっと近くを探しているから、すぐに会えると思うぜ」

「うん、ありがとう」


 ぺこり、と頭を下げる少年に、ギルド長は微笑ましいものを見るように目元を細めた。


「そやつの処遇はそなたたちに任せよう。わらわたちはただ捕まえただけじゃからのぅ」

「そうですね。郷に入っては郷に従えと言いますし、ここは彼らにお任せするのが得策かと」


 シュエの言葉にリーズも賛成した。


「では、そういうことで。あとは頼んだぞ!」


 にこやかに手を振ってシュエとリーズはその場から去る。少年はどうしようか悩んで、シュエたちを追いかけて、彼女の腕をぱしっと掴む。


「どうした?」

「助けてくれて、ありがとう!」


 真っ直ぐな瞳で伝えられた言葉に、シュエは数回目をまたたかせて緩やかに首を横に振った。

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