新たな国 ☆3☆


「あるよ、冒険者ギルド!」


 自分の知っている場所で安心したのか目をきらきらと輝かせて、任せてとばかりに胸を叩く。


「それでは、案内を頼むぞ」

「うん!」

「お客さまに失礼のないようにね」


 子どもを心配する母親の表情に、シュエはふと自身の母を思い出し、ふっと目元を細めた。どの世界も、母が子を想う気持ちは同じなのかもしれない。


「行きましょう! わたし、近道を知っています!」


 子どもはそう言って、宿屋から飛び出た。それを追いかけるように、シュエとリーズも外に出る。


「こっちだよ!」


 大きく手を振る子どもは楽しそうにはしゃいでいる。自分にできることがあると、胸を張れるのが誇らしいのだろう。


「ふふ」


 小さく口角を上げるシュエに、リーズが「どうしました?」と声を掛ける。シュエは子どもに視線を向けてから、空を見上げる。


 早朝に到着したから、まだ午前中だ。


 雲ひとつない晴天を見て、リーズに視線をやると「転びますよ」と前を見るように促された。


 子どものあとを追いかけていくと、十分もしないうちに冒険者ギルドについた。


「ここだよ!」

「……ここが、冒険者ギルド……。……のぅ、リーズ。今ふと思ったんじゃが、なんでわらわたち、世界を越えても言葉を交えたり、文字が読めるんじゃ?」

「シュエ……、あなたにいろいろ教えていた先生が泣きますよ」


 小声でリーズに尋ねるシュエに、彼は彼女にいろいろなことを教えた教師たちの顔を思い浮かべて額に手を置き、軽く首を横に振った。


 本当に食のことしか頭になかったようだ。


 わかってはいたことだが、目の当たりにすると当時の教師たちが苦労しただろうと憐憫の情をもよおした。


「入らないの?」


 冒険者ギルドの看板の前で、シュエとリーズを見つめる子どもに、シュエは近付いていく。


「もちろん入る。案内ご苦労じゃったな」


 そう言ってシュエは懐から飴玉を取り出し、子どもに渡した。


「あめ?」

「うむ。ここまで案内してくれた礼じゃ」


 そう言ってぽんぽんと子どもの頭を撫でる。その姿を、リーズは微笑ましそうに目元を細めて眺めていた。


 シュエはリーズを見上げて、小さくうなずく。


「失礼するぞ!」


 扉を開けて大きな声を上げるシュエ。冒険者ギルドの中は思ったよりも綺麗だった。ただ、人が多く、その人たちの目が一斉にシュエとリーズに向く。


「受付は――ああ、あそこじゃな」


 辺りをきょろりと見渡して、シュエは早足で受付まで向かい、こちらを不思議そうに見ている二十代前半ほどの女性に声を掛ける。


「のぅ、おねーさん。冒険者には何歳からなれるのじゃ?」

「あ、ええと。ごきげんよう。お兄さんの付き添い……というわけでは、なさそうですね?」


 シュエとリーズを交互に見たのは、二十代前半の眼鏡を掛けた女性だった。


「何歳からじゃ?」

「この国では、冒険者は十五歳からです。だから、お嬢さんにはまだ早い――……」

「大丈夫じゃよ。わらわは十五歳以上じゃから。のぅ、リーズ?」

「そうですね。大丈夫です」


 目を丸くして、「え?」と反射的に言葉にする女性に、シュエはにっこりと微笑んだ。


「冒険者の証が欲しいのじゃが?」

「……少々、お待ちください」


 自分では手に負えないと感じたのか、眼鏡を掛けた女性はそそくさと奥の部屋に向かい、屈強そうな男性を連れてきた。


「お嬢ちゃん、どう見ても十五歳以下に見えるんだが……?」

「試してみても良かろう? わらわの言ったことが本当かどうか」


 にっこりと微笑みを浮かべるシュエに、男性は戸惑っているようだ。


 リーズが前に出て、ちらりと金貨を見せた。はっとしたように彼を見つめる男性に、リーズが「試すだけでも良いでしょう?」と綺麗な笑みを見せる。


「……大人汚い」

「交渉と言ってください」


 ぽつりと呟くシュエに、リーズは視線を落して唇に人差し指を立てた。シュエは小さく息を吐き、肩をすくめて男性を見上げ、「どうするんじゃ?」と問う。


「……仕方ない、奥の部屋で試そう」

「別にここで試しても良いのじゃがなぁ」


 ついてこい、と男性がシュエとリーズを奥の部屋にいざなう。シュエたちは黙って彼のあとをついていき、奥の部屋に入るとソファに座るように勧められた。


「本当に試すだけだからな?」


 そう言って男性は水晶玉を取り出した。男性の顔くらいの大きさの水晶玉だ。


「触れば良いのか?」

「ああ。触るだけで構わない」


 早くしろ、と目で急かされ、ローテーブルに置かれた水晶玉に手を伸ばして、ぺたりと触れる。


「お?」


 水晶玉が淡く光り、ぽんっと勢いよくなにかが飛び出してきた。カードのようだ。


「……そ、そんなばかな……!」

「ほらぁ、だから大丈夫じゃと言ったじゃろう!」


 一緒についてきた眼鏡を掛けた女性に勢いよく顔を向けると、女性は目をまん丸にして「うそぉ」と口を両手で覆っていた。


「では、ついでに私も済ませますね」


 シュエが水晶玉から手を離してから、リーズも触れる。


 ひんやりと冷たい水晶玉から、再びぽんっとカードが飛び出た。


「登録完了です」

「これが冒険者の証なのじゃな。さて、用は済んだし街へ行くとするか」

「ま、待ってくれ! ちょっとカードを確認させてくれ!」


 男性が慌てたように、立ち去ろうとするシュエとリーズを呼び止めてカードを見せるようにと手を伸ばす。


 シュエとリーズは互いの顔を見てから、すっとカードを彼に差し出した。

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