新たな国 ☆2☆
シュエよりも背が低いので、何歳なのだろうと子どもの背中を追いかけながら考えた。恐らく五、六歳かと考えて、その年齢で親の仕事を手伝っているのかと感心しながら背中を見つめる。
子どもはどんどんと人通りの少ない場所へ歩いていく。朝市の通りは人が多く賑わっていたが、子どもが案内している道は寂れていた。
「ここだよ」
「ほう、確かに広そうじゃな」
子どもが立ち止まり、入り口の前でシュエとリーズに顔を向けた。
シュエは宿屋の外観を見上げる。二階建てのようだ。
「みーんな港近くの宿屋を探していてさ、うちには滅多に来ないんだ。だからさ、ね? お願い、うちにして!」
パンっと両手を合わせて頼み込む子どもを前にして、シュエが声を掛けようと口を開いた瞬間――
「あんたっ、また無理矢理連れて来たね!?」
耳がキーンとなるくらいの怒号が、子どもの後ろから聞こえた。
「だって! お客さん連れてこないとうちなくなっちゃうよ!」
「子どもがそんな心配しなくていいの! まったく、ごめんなさいね、旅の方々。うちの子が無理に連れてきたんでしょう?」
どうやら子どもの母親のようだ。ショートカットの髪がよく似合っている。灰色のエプロンを身に付けて、子どもの頭に手を置いてぐいっと頭を下げさせ、自身も頭を下げた。
「まぁまぁ、構わぬよ。宿屋を探していたのは本当じゃしの」
「ええ、部屋は空いていますか?」
「そりゃあ空いてますが……本当にうちに泊まってくれるのですか?」
不安そうにリーズを見る女性に、「やった! お客さん!」と両手を上げて笑顔になる子ども。
女性は子どもの頭から手を離し、「こらっ」と叱る。
「元気な子よの」
「ええ、元気すぎて……この前も強引にお客さんを連れてこようとしたんですよ」
頬に手を添えてゆっくりと息を吐く。子どもは「えへへ」と白い歯を見せ、後頭部に手を回した。
「だって、うち『あかじ』なんでしょ?」
「お客さまの前で変なこと言わないの!」
慌てたように子どもの口を押える母親に、シュエとリーズは肩をすくめた。確かに寂れた印象を受ける宿屋だ。儲かってはいないだろう。
「とりあえず、三日分で良いかのぅ? この街を見て回りたいし、情報収集をしたい」
「こちらのお金、使えますか?」
リーズが懐から金貨をじゃらりと取り出す。女性は金貨とリーズを交互に見て、「も、もちろんです!」と大きくうなずいた。
宿屋に入り、二階の部屋に案内された。
「ほう、なかなか風情があって良いではないか」
広さはそこそこ。シングルベッドがふたつ。その真ん中にチェストがあり、上には花瓶が置かれ生花が一輪飾られている。
掃除が行き届いているようで、埃ひとつ見当たらない。
「それなのに、なぜ寂れているんじゃ?」
「大通りが変更になったのでしょうね。こちらの道は狭かったので、旧道なのでしょう」
「ふうん。ころころ変わるのは大変じゃな」
翠竜国では滅多にないことだ。長く生きる竜人族だからだろうか、とシュエが考えていると、リーズが荷物をベッドに置いた。
「姫さま、もう揺れているような感じはしませんか?」
「うむ! でも、ちょっと眠い」
「では、三十分くらい仮眠をとってください。ずっと船の中にいましたからね」
「そうじゃの、では、そうさせてもらうぞ……」
シュエはベッドに寝転んで目を閉じた。
三十分も仮眠すれば、あちこち見て回れるだろう。
それからきっちり三十分、シュエはすやすやと眠った。
「――さま、姫さま」
肩を軽く揺さぶられ、シュエは「うぅむ……」とゆっくりとまぶたを上げる。
「三十分経ちましたよ。街を見て回るのでしょう?」
「……んむ、行く……」
まだ寝ぼけているのかぼんやりとしながらも起き上がる。
ベッドから抜け出し、眠気を払うかのように軽く身体を動かすと、ふわぁと大きな欠伸をひとつしてから、リーズを見上げた。
「よし、眠気がだいぶよくなった!」
「では、行きましょうか」
リーズが手を差し出す。その手を取ってシュエは歩き出した。
部屋から出ると、扉に鍵を掛けるリーズ。
「いつの間に鍵を受け取っていたんじゃ?」
「シュエが眠っている間に。気付かなかったということは、それだけ身体が疲れていたのでしょうね」
「心は元気なんじゃがなぁ」
ぽむっと自分の胸元を叩くシュエに、リーズは目元を細めて微笑んだ。
「お出かけですか?」
階段を降りると、声を掛けられた。リーズが小さくうなずくと、子どもが手を上げる。
「わたしっ! 案内します!」
「案内?」
「はい。この街、結構入り組んでいるから、案内します!」
この街のことは詳しいんですっ! と必死な様子でシュエとリーズを見つめる。リーズはシュエに、「どうしますか?」と尋ねた。
「わらわは構わぬよ」
「では、案内をお願いします。まずは……どこに向かいますか?」
「その前に聞きたいことがあるのじゃが、この街に『冒険者ギルド』という場所はあるか?」
シュエが小首を傾げて尋ねると、子どもは大きく首を縦に振った。
(――兄上たちは、冒険者ギルドがあるなら入ったほうが楽に旅ができる、と教えてくれたからのぅ)
それなら、シュエとリーズも冒険者ギルドに加入したほうが良いのではないか、と考えたのだ。
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