新たな国 ☆1☆


 翌日の早朝、シュエは待ちきれないとばかりに身体を起こした。窓の外を見ると、昨日の夕方よりも陸に近付いているようだ。


 水平線から昇る旭光きょっこうを眩しそうに眺めるシュエ。リーズも起き出したようで、「おはようございます」と声を掛けられた。


「おはよう、リーズ。今日じゃな」

「ええ、今日ですね」


 船旅も悪いものではなかったが、水上を走る船の上よりも、自分の足でしっかりと立てる陸が恋しかった。


 船酔いをしなかったのが救いだ。


 シュエとリーズは身支度を整えて、部屋の外に出た。しっかりと荷物を持って。


「結構早めにつきそうじゃの」

「そうですね。朝ご飯はついてからにしますか?」

「うむ!」


 シュエの顔に『楽しみ』と書いてあるような気がした。


 リーズはシュエの手を取り歩き出す。船が港に到着するのはそろそろだろう。早朝につくということは、朝市があるのかもしれないと考えた。


「どんな国か、この目でしっかりと見てみることにしよう」

「あちらの国ではどんな魔物が待っているんでしょうね。悪鬼あっきもいるのでしょうか」


 国によって現れる悪鬼や魔物が違う。それはリーズが成人前の旅に出ていたときもそうだった。だから、恐らくこの世界もそうだろうと予想した。


「なに、わらわたちにかかれば、悪鬼も魔物も一瞬よ」

「……そうですね」


 それよりも問題なのは、悪人と会ったときにシュエが手加減をできるかどうかだ。できれば盗賊や山賊にはいたくないものだ。海賊には運よく遭わなかったので、このまま平和でいて欲しいと心から願うリーズ。


 なによりも大事なのは、シュエがこの旅を楽しみ、成長していくことだから。


 ――船が港についた。


 船員に誘導されて船を降りる。昨日、シュエと話していた船員が「良い旅を!」と声を掛けてくれた。


 シュエは大きく手を振って応え、リーズは軽く頭を下げる。


「気をつけて歩いてくださいね」

「うむ」


 階段をゆっくりと降りる。


 一段一段ゆっくりと。陸について不思議な感覚がした。陸が揺れるはずないのに、なぜか揺れている気がするのだ。


「船旅のあとですからね。そのうち感覚が戻りますよ」

「不思議な感じじゃあ。まぁ良いが。リーズ、朝ご飯を食べに行くぞ!」

「はい、シュエ。行きましょう」


 シュエのお腹はぺこぺこのようで、ぐぅぅううと盛大にお腹の虫が鳴いた。


 リーズの手を引っ張り、シュエは新たな国への一歩を踏み出した。


◆◆◆


「はー、お腹いっぱいじゃ!」


 満腹になったお腹を擦り、ぽんぽんと軽く叩く。


 リーズの予想通り、朝市が開かれていて、シュエの興味をそそるものが多く並んでいた。


 さらに、その近くには新鮮な魚を取り扱う飲食店も多くあり、シュエとリーズは朝ご飯をそこで摂ることにした。食べ歩きをするにはあまりにも人が多かったので、飲食店で座って食べることにしたのだ。


 いろいろな料理の名が飾られていて、見ているだけでも楽しかった。そこからシュエとリーズは名物と書かれていたフィッシュフライバーガーを選択した。


 ボリュームたっぷりのフィッシュフライバーガーを美味しそうに頬張るシュエに、店主は「良い食べっぷりだ!」とサラダとポテトフライ、炭酸飲料をおまけしてくれ、シュエはお腹いっぱい食べることができて満足そうに微笑む。


「朝から揚げ物とは、胃腸が強いな?」

「うむ! 美味しいものはいつ食べても美味しいのじゃ!」


 そんな会話を店主として、シュエのお腹は満たされた。


 そして現在、辺りをうろうろとし始めたのだ。


「他にも美味しそうなものがいっぱいあって良いのぅ」

「とりあえず、宿屋を探しますか? それとも別の町に向かいますか?」


 リーズの問いにシュエは少し考え込んだ。この国のことをもう少し詳しく知りたいので、宿屋を探して情報収集することに決めた。情報はいろいろとあったほうが便利だ。辺りを見渡して人々の服装を見ると、先日まで自分たちがいた国とは違うようだ。


 ちろりと自分とリーズの服装を見たが、そこまで浮いている感じはしない。


「多種多様な服装じゃな」

「港がありますからね、いろんな国の人たちが集まっているのでしょう」

「服はこのままで良さそうじゃな。とりあえず、宿屋を探して情報収集が先じゃな。どんな国なのか、さっぱりわからんし」

「かしこまりました」


 そんなわけでシュエとリーズはまず宿屋を探すことにした。宿屋っぽい看板を探して、次々と訪れて泊まれるか尋ねたが、なかなか空いている部屋がなかった。


 シュエは別に相部屋でも良いが、とリーズに伝えたが彼はそれを頑なに拒んだ。

 万が一、相部屋にしたとシュエの家族の耳に届いたら、リーズに待っているのは恐らく説教だ。それも長々とした。それだけは避けたい。


「ねーねー、泊るところを探しているの?」


 突然声を掛けられて、シュエとリーズは振り返る。リーズは首を傾げたが、シュエがぐいっと彼の手を引っ張ることで自分の目線よりもかなり下にいる子どもが話しかけてきたことを知る。


 シュエよりも背が小さい。


「そうじゃ。個室が良いのぅ」

「なら、うちにおいでよ! うち、宿屋なんだ。ちょっと、古いけど、個室空いてるよ!」


 話しかけてきた子どもはそばかすとふたつに結んだ髪が特徴的な子だった。どうやら宿屋の子どもらしい。


「ほう? ならば、案内してもらおうか」

「うん! こっち!」

「……良いのですか、シュエ?」

「どんなところか、行ってみんとわからんじゃろう?」


 シュエはそう言って、「こっちだよー!」と少し離れた場所で手を振る子どもを追いかけた。

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