船旅 ☆3☆
それからの旅はとても順風満帆だった。
魔物が現れてはシュエとリーズが倒し、船に乗っていた小さな子どもがリーズに群がり、強さの秘訣を聞いていた。シュエは肩をすくめながらその光景を眺める。
「子どもの扱いに慣れているみたいだね」
シュエに話しかけてきたのは船員だった。水色のラインが入ったセーラー服に、同じ水色のボトムスを着ている。
「まぁ、幼い頃からわらわの世話をしていたからのぅ」
シュエは古い記憶を呼び起こす。そして、懐かしむように目元を細め、小さな子どもたちにもみくちゃにされているリーズを見て小さく口元に弧を描いた。
「お兄さんを取られちゃって、寂しくないかい?」
「寂しい? いや、全然。戻ってくるからの」
シュエの言葉に船員は目を丸くして、それから豪快に笑いぽんぽんとシュエの頭を撫でる。
「そーかそーか。そりゃあ心配いらないな!」
「そうじゃよ」
それにしても、魔物を倒したのはシュエも同じだ。それなのになぜリーズばかり憧れの的になるのか、そこが少し……いや、かなり面白くないらしく、彼女は頬を膨らませた。
船員はシュエを見て「行かなくて良いのかい?」と優しく尋ねた。
シュエは船員を見上げてこくりとうなずく。
「あっ!」
船員が人差し指を海に向ける。指先を追うように視線を流すと、陸が見えた。
「わらわたちが上陸する国か?」
「そうだよ、嬢ちゃん。久しぶりだなぁ、あの国に行くの」
わくわくと目を輝かせる船員に、シュエはじっと海を見つめた。
どんな食べ物がシュエを待っているのか。それが楽しみでシュエもわくわくとした表情を浮かべていた。
すると、ぽんと肩に手を置かれた。
「リーズ。もう良いのか?」
「良いもなにも……疲れました」
「ふふっ、ご苦労」
子どもたちの相手をしていたリーズが、いつの間にかシュエの隣に立っていた。
リーズを見上げるシュエ。彼女はあの船員と同じように姿を見せた陸を指さす。
「あそこが次の国になるそうじゃ」
「今日中につきますか?」
「いや、明日の朝につく予定だよ。お嬢ちゃん、お兄さんが戻って来てよかったね」
それじゃあ、とシュエに手を振って船員が去っていく。その背中を見送って、シュエは肩をすくめた。
「……一体なんの話をしていたんですか?」
「リーズがわらわの兄だと思い込んでおったのじゃ、彼は」
ゆっくり息を吐いて、シュエは改めてリーズを見上げる。こんなに似ていないのに、なぜ兄だと思われたのだろうかと思考を巡らせていると、リーズがぶるりと身震いをした。
「どうした? 寒いのか?」
「いえ、なぜか悪寒が。……姫さまの実兄に間違われたからでしょうか」
「どういう意味じゃ、それは」
呆れたようにぽふっとリーズの腰当たりに手の甲を当てる。
リーズがくすりと口角を上げるのを見て、彼の腰に当てた手を離し、代わりに自分よりも大きな手を握った。
「明日の朝にはあの国に足を踏み入れるのじゃから、今日はしっかり休まねばならんな」
「そうですね。しっかり休んで――あの国の名産品を食べるのでしょう?」
「うむ! 今から楽しみでならん」
繋いだ手をぱたぱたと振って小さく飛び跳ねる様子を見て、リーズはちらりと明日到着する国を見た。
(姫さまが気に入る食べ物があれば良いのですが……いえ、陛下が選んだ世界ですし、食べ物は美味しいのでしょうね)
ぼんやりとそんなことを考えていると、くいくいと手を引っ張られていることに気付いた。
「どうしました、シュエ」
「ここで見ているとわくわくが止まらないから、わらわは部屋に戻るぞ」
「私も戻りますよ」
目を輝かせるシュエを見て、リーズは表情を緩めて歩き出す。
シュエと一緒に歩き、部屋に戻るとリーズの手を離してベッドへ勢いよく寝転んだ。
「寝て起きたらついてないかのぅ?」
「まだ寝るには早いでしょう。夜中に起きることになってしまいますよ」
確かに、とシュエは眉を下げる。ごろりとうつ伏せから仰向けになると、むくりと身体を起こす。
「……次の国はどんな国じゃろう?」
「ついてからのお楽しみですね」
「この服装では浮いてしまうかのぅ?」
「そのときは服を買い替えましょう。大丈夫だとは思いますけどね」
リーズが目元を細めて窓の外を見つめる。船客たちの格好はまちまちだった。
シュエやリーズのように東洋を感じさせる服を着ている者もいれば、西洋を感じさせる服を着ている人もいた。なかにはどちらも混ぜて着ている人の姿もあったので、恐らく現在着ている服でも、そこまで違和感を与えることはないだろうと考える。
「みんな結構自由に着ておるからか?」
「ええ、姫さまだって目にしたでしょう?」
こくりと首を縦に振るシュエを見て、リーズもうなずきを返した。
なんにせよ、明日になればどんな人たちが暮らしているのかがわかるので、今日はしっかり休まなくては、とシュエは窓の外を見つめながら胸に決意を抱く。
――寝不足で食べ物が口にできない、なんてこと、あってはならないのだから、と。
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