新たな国 ☆4☆


 屈強そうな男性は差し出されたカードを受け取り、視線を落とす。十五歳以下の人間には反応しないように調整されている水晶玉と、カードを何度も見比べる。


 十五歳以上に見える胡桃色の長髪の男性であるリーズはともかく、どう見ても十五歳以下に見える濃緑色の髪をまとめているシュエがなぜカードを出せたのだろうか考え――思考を放棄することにした。


「もう良いか?」

「あ、ああ。……コホンッ、ようこそ、冒険者の道へ」

「はい、どうも。では、我々はこれで」

「い、いや、ちょっと待ってくれ! せっかくカードを作ったんだから、説明くらいさせてくれよ!」


 シュエとリーズにカードを返す男性。ふたりはカードを受け取って部屋から出て行こうとソファから立ち上がるところを、男性が引き止めた。


「説明? 身分証明書みたいなもんじゃろ?」

「いやまぁ、確かにそうだが」


 リーズは視線をカードに移す。この世界の……いや、この国の冒険者カードの仕組みは、恐らく『魔法』で出来たものだ。竜人族であるシュエとリーズの情報を読み取り、カードを出したのからかなり高度な『魔法』が掛けられている。


 これを『人間』が作れるとは思わない。


 自分たちと同族か、もっと別の種族が作ったと考えたほうがしっくりくるのだ。


「年に数回、ランクが上がる試験が受けられる。今の階級から上がれば、大きな仕事ができるようになる。初めのランクは見ての通り最下位だ」


 シュエはカードを見る。数字が刻まれていることに気付き、「ほう?」と首を傾げて問う。


「最下位のままではいかんのか?」

「それだと本当にただの身分証明書だろう。試験を受けないとカードは消滅するぞ」

「消滅ぅ?」


 硬めのカードを振ってみる。どうやって消えるのか興味があるようで猫のような目をカードに向けている。そんなシュエに、リーズが声を掛けた。


「依頼をこなさないと、冒険者として認められないということですよ。試験を受けるのは数回依頼をこなさないといけませんし」

「そうなのか? 面倒な仕組みじゃのぅ……」


 眉間に皺を刻むシュエに、リーズは人差し指を押し当てて「皺になりますよ」とくすりと笑う。シュエはむぅ、と頬を膨らませてから、男性に視線をやった。


「のぅ、おぬしはこのギルドのおさか?」

「そうだが?」

「ならば、ちぃと、わらわと戦ってもらえんか?」


 シュエの頼みごとに、男性は大きく目を丸くした。そして保護者に見えるリーズに顔を勢いよく向ける。


「殺してはいけませんよ」

「がんばる」

「待ってくれ、こっちが倒される前提なのか!?」


 男性が叫ぶように大きな声を出した。シュエはにやりと口角を上げる。


「そうじゃよ、――わらわが冒険者として通用するかどうか、お主の目で確認してみれば良かろう?」


 冒険者カードを人差し指と中指で挟み、手を揺らすシュエに男性は「うーん」と悩んでいた。


 眉間にくっきりと皺を刻み、悩みに悩んで――シュエの言葉を受け入れた。


「地下に訓練場がある。そこでいいか?」

「もちろんじゃ。案内を頼む」

「あ、ああ……」


 男性は後頭部に手を置いてゆっくり息を吐く。


 一度深呼吸をすると、「ついてこい」とシュエとリーズに声を掛け、部屋を出て地下まで案内した。


「ほー、なかなか広いのぅ」


 シュエが感心したように辺りを見渡す。地下、と聞いててっきりじめじめしているのかと思ったが、そんなことはなかった。


「この国では魔法が当たり前か?」

「まぁ、使える人は多いな」

「ふむ。じゃから地下なのに明るいのか。こういう魔法の使い方もあるんじゃなぁ」


 上を見上げれば青空が広がっていた。地下なのに。


「ああ、地下室だと時間経過がわかりにくいだろう? 空を映す魔法で大体の時間を教えているんだ。詳しい時間が知りたいなら、あっちに時計があるしな」


 シュエがじーっと天井を見上げていると、男性は胸を張って説明してくれた。リーズが辺りを見渡し、彼の言っていた時計を見つけると、「なるほど」と呟く。


「思ったよりも息苦しい感じはしないのぅ。いっそ床も草原のようにすれば気持ちよさそうじゃ」

「さすがにそこまでは……」


 男性が首を横に振り、それから木剣を手にする。地下はそれなりに広く、訓練場になっているようだった。時折シュエとリーズの頬を風が撫でる。


 恐らく風魔法が使われているのだろう。天井の青空と併せて、そこそこに清々しさを感じる空間だ。


 シュエは懐から扇子を取り出す。


「えっと、それで戦うつもりか?」

「安心せよ、これは普通の扇子ではないからのぅ」


 八重歯を見せて笑うシュエに、リーズもうなずいた。それを見て、男性は戸惑ったように眉を下げたが、すぐに気を取り直し木剣を構えた。


「初手はお嬢ちゃんに譲ろう」

「その選択、後悔するでないぞ?」


 すっと目元を細めるシュエに、男性は肩をすくめる。どう見ても自分よりも年下の少女を侮っている。


 それを理解しているからこそ、シュエはくすりと口角を上げた。


「では、くぞ」


 扇子を閉じたまま、男性にビシッと向ける。好戦的な瞳を受け、男性も表情を変えた。

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