船旅 ☆1☆


 濃緑の髪が風になびく。大きな船の中、潮風を楽しむ翠色の瞳は細められ、穏やかな波を眺めながら深呼吸をひとつ。


「船旅はどうです? シュエ」

「うむ、なかなか快適じゃ」


 クラーケンを倒して一週間。海がクラーケンの脅威から逃れ、漁港が一気にさかんになり、シュエは海の食べ物をたくさん食べることができた。


 あの日、街に戻ったシュエとリーズを待っていたのは、街の人々からの称賛の嵐だった。そのことを思い出し、シュエはにまにまと頬を緩ませる。


「本当にクラーケンに困っていたんでしょうね」

「そうじゃな。あのクラーケン、船で遊んでいたようじゃしのぅ」


 ため息交じりにクラーケンのことを思い出す。あの様子ではかなり船で遊んでいたようだ。


「まぁ、魔物の考えていることはわからんからのぅ」

「我々は魔物使いではありませんからね」

「……魔物使いって本当にいるのか? 夢物語ではなく?」


 ぼんやりと海を眺めながら、シュエは肩をすくめる。魔物の言葉を理解し、人間の味方にする魔物使い。書物の中でしか目にしない言葉だ。


「ふふ。どうでしょうね?」


 リーズは漆黒の瞳をシュエに向けてから、視線を海へと移す。穏やかな船旅を楽しんでいるのには、別の国に移動することを決めたからだ。せっかく海の近くの街。船旅を楽しむのも悪くはないだろう。


「今から行く国はどんな国かのぅ?」

「冒険者がたくさんいるみたいですよ」


 潮風が吹いて、リーズの胡桃色の髪がなびく。彼の髪は腰まであるので、時々邪魔ではないのか、とシュエは考える。


 しかし、髪の長さについては自分も伸ばしているのでなにも言えない。ただ、彼が戦うときに髪が舞うのを見て、憧れを抱いたという理由で、伸ばしている。


 自分の髪を触りながら、リーズを見上げた。


「冒険者?」

「ええ。どちらかといえば魔物よりも人間と戦っているみたいですが」


 シュエはリーズの言葉に「ええ?」と目を丸くした。なぜ同じ種族で争うのか、と。


「山賊や盗賊がいるみたいですよ……海賊も」

「海賊、のぅ。クラーケン退治したから、どこかで出会うかもしれんのぅ」

「海賊船とはいたくありませんねぇ」


 ――しみじみと呟くリーズを意外そうに見るシュエ。


「リーズなら一刀両断できるじゃろ?」


 剣を振る仕草をすると、リーズは緩やかに首を左右に振る。

「シュエ、人間の身体はもろいのです。我々と違って。……手加減するのが面倒なんですよ」


「おぬし、最後の言葉が本音じゃな?」


 ばれましたか? とリーズはくすくすと笑う。その表情は他の船客にも見えたようで、女性客からきゃあきゃあと騒がれていた。


「相変わらず人気じゃの?」

「そうでもありませんよ」


 肩をすくめるリーズ。彼はシュエの頭に手を伸ばし、その頭を撫でた。


 クラーケンの他にも海の魔物はいたが、すべてシュエとリーズで解決してしまい、船客たちからも称賛された。特に、船員たちから感謝され、とても良い待遇を受けている。


「どんな国かのぅ。美味しい食べ物はたくさんあるんじゃろうか」

「シュエならどんなものも美味しく食べそうですね」

「好き嫌いはないぞ!」


 えっへんと両手を腰に当て胸を張るシュエに、リーズは今まで彼女が食べていた料理を思い出し、確かに、と心の中で呟く。


 食べ物とわかると興味が勝つようで、どんな見た目のものでも、一口はかならず口にする。


「……本当、食べることが好きですね」

「当然じゃ。趣味でもあるしのぅ。今度の国の名物はなんじゃろうか、楽しみじゃ!」


 わくわくと目を輝かせるシュエに、リーズがうなずく。


「冷えてきました。部屋に行きましょう」

「そうじゃの」


 シュエの頭から手を離し、リーズは彼女に手を差し出す。その手を取って、シュエは歩き出した。


 クラーケンを倒したあと、すっかり仲良くなった漁師に別の国に行きたいと相談したら、彼は客船の船長に取り合ってくれた。


「あの街にあれだけ人が溢れていたのは、客船が出港できなかったというのもあるのかもしれんな」

「というか、それしか考えられないでしょう。他の魔物もいましたが、クラーケン以上に大きな魔物はいませんでしたしね」


 シュエは大きくうなずく。クラーケン以外の魔物は小さかった。小さいが、なかなか厄介な魔物だった。


 触ると痺れるクラゲのような魔物や、人面魚。しかもその顔があまりにも……人を不快にさせる表情をしていて、シュエもリーズも無言、無表情でその人面魚を貫いた。


 魔物はやはり黒いもやになった。船客たちはシュエたちが戦っている姿を見ても恐れず、むしろ尊敬のまなざしを向けられてシュエは嬉しくなった。


 この世界ではシュエもリーズも強者に入る。


 自身の力を過信するわけではないが、この世界の魔物なら問題なく倒せるほどの実力は持ち合わせているから、魔物と戦うことに躊躇いはなかった。


「手加減、のぅ」

「いきなりどうしました?」

「のぅ、わらわはまだ人を斬ったことがない」


 その言葉に、リーズはすっと表情を消した。

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