☆閑話休題☆


 ――一方、翠竜国にて――


「おお、欣怡シン・イーからの手紙か!」


 ロン家の長男――第一皇子の竜俊熙ジュンシーは、妹である欣怡から宇航ユーハンが託された手紙を手にし、目をきらきらと輝かせて透かせるように天井に手紙をかざす。


「我が妹は元気そうだったか?」

「はい、お身体は元気そうでした。気持ちもだいぶ、落ち着いたようです」


 そうか、と翠色の瞳を細める俊熙は、手紙を読みたい気持ちとこのままとっておきたい気持ちがせめぎ合い、悩んでいた。すると、いきなり彼の部屋の扉が勢いよく、大きな音を立てて開けられ……いや、正確には壊された。


「おい、梓睿ズールイ浩宇ハオ・ユー、おれの部屋を壊すな!」

「大兄さま、欣怡からの手紙が来たってほんと!?」

雨彤ユートンが欣怡の様子を前に教えてくれたけど、元気になった?」


 第三皇子の梓睿、第二皇子の浩宇が壊れた扉の上を歩きながら、俊熙に近付いて行く。


 それぞれシュエ――欣怡と同じように、濃緑の髪と翠色の瞳を持つ、彼女の兄たちだ。


 俊熙が持っている手紙を奪い取ろうと手を伸ばす梓睿。手紙を取られないように抱え込む俊熙。そんなふたりを見ながら肩をすくめる浩宇。


「欣怡の手紙、早く読んでくださいよ」

「そうだよ、大兄! 欣怡が旅に出て初めての手紙だろ!」

「お前が奪おうとするからだろうっ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ長兄と弟を見て、浩宇が重々しく息を吐く。そして、すでに存在を忘れられていそうな宇航が、助けを求めるように浩宇を見ると、彼は呆れたように息を吐き、俊熙と梓睿のうなじをガっと掴み、


「て・が・み」


 にこにこと笑いながら口にした。


「小兄……こえぇ……」

「なにか言ったか、梓睿?」

「いいえ、なんにもッ! とりあえずうなじから手ェ離してッ!」


 ジタバタと手足を動かす梓睿と、うなじを掴まれたまま封筒から手紙を取り出して視線を落とし、口を動かした。


『前略、兄上へ。

 ルーラン……いや、雨彤からなにを聞いたのか、なんとなくわかるが、心配はいらんぞ。

 旅を始めて様々なことがあるのは覚悟していたし、それを乗り越えてこその成人前の旅だと思う。

 つまり、過保護! と伝えたい。

 浩然ハオランもいるのになにをそんなに心配しているんだか。

 でも、心配してくれてありがとう。欣怡は大丈夫だから、兄上は兄上のやるべきことに集中してください。

 かしこ』


 ――読み終わった俊熙は、ぶわっと涙を流した。


「あの欣怡がこんなに大人になって……!」


 袖で目元を隠しおいおいと泣く俊熙に、梓睿と浩宇は眉根を寄せて顔を見合わせた。


 ぱっとうなじから手を離すと、梓睿はげほごほと軽く咳き込み、首筋に手を置く。


「はぁ、もう小兄はおれらの扱いが雑なんだから!」

「欣怡は女の子、お前たちは男、だろ?」

「まー、そうだけど。あの子は生まれたときから可愛かったからなぁ」


 梓睿が首筋から頬に手を移動させ、ゆっくりと目元を細める。


 欣怡が生まれた日のことは、家族全員覚えている。


 竜人族の女の子として生を受けた彼女を、家族全員が可愛がった。可愛がれば可愛がるほど、彼女は愛らしくなった。


「元気に過ごしているなら良かったよ」

「そうだな。種族の違いに気付くときが来るとは思っていたが、結構早かったなぁ……」

「仕方ないだろう。欣怡の行った世界はそういうところなのだから」


 戦う術を持たない者が多い世界。


 だが、人間を襲う魔物や悪鬼は弱い世界。


「欣怡でも簡単に倒せる世界を探したからな」

「やっぱり楽しく旅をして欲しいからな、欣怡には」


 しみじみと話し合う欣怡の兄三人。宇航はその様子を眺めながら、ゆっくりと息を吐いた。


 ――確かに過保護だろう、と宇航はもう一度深く息を吐く。


(確かに愛らしい方だったが……)


 この三人にとって、欣怡は目に入れても痛くないほどの溺愛ぶりを見て、宇航は欣怡の顔を思い浮かべた。自分のことを労わる心もあり、話しやすい方だと思った。


 そして彼女のお世話係である浩然とは、たまに会話をするくらいの仲だったが、欣怡に見せる表情と自分に見せる表情の違いに驚いたものだ、と心の中で呟く。


「浩然も元気そうだったか?」


 そういえば、というように顔を上げて宇航に視線を向ける俊熙。宇航はこくりとうなずいた。


「ええ、相変わらずでした」

「あーあ、浩然は良いよなぁ、欣怡と一緒にいられて。おれも一緒に行きたかった!」


 梓睿が唇を尖らせながら後頭部で手を組む。それは俊熙も浩宇も同じ気持ちだから、なにも言わなかった。


「雨彤も頼られていたしな」

「もっとオレたちを頼っていいのになぁ」


 むしろ頼られたいと願う兄三人。そんな三人のやり取りを眺める宇航。そろそろこの部屋から抜け出ても良いのではないかと考え始めた。


「欣怡の成長をこの目に焼きつけることができないなんて、とても残念だ……」

「とはいえ、両親からは『欣怡の手助けをしないように』と言われているし……破ったら欣怡と触れ合うの禁止、ってひどくないか?」

「抱きしめることも撫でることもできないなんて、苦痛すぎる!」


 俊熙と梓睿がその未来を想像して打ちひしがれている。その光景を眺めながら、浩宇がパンパンと両手を叩いた。


「欣怡が元気にがんばっているのだから、我々も仕事に精を出さないと。あの子が帰ってきたときに、胸を張れるように」

「……いや、それなら扉も直せよ?」

「強度が弱いのが悪いんだよ、大兄」

「そうだよ、もう少し頑丈なものにしないと」

「お前らなー!」


 浩宇と梓睿は逃げるように俊熙の部屋から走り去っていった。


「――あー、雨彤呼んで来てくれ、扉を直す」

「……かしこまりました」


 宇航に頼みごとをして、俊熙は窓の外へ視線を向け、眩しそうに目元を細める。


(――元気に旅をしておいで、欣怡。オレたちはこの国で、いつでも欣怡が楽しく過ごせるのを祈っているから)


 どうか、彼女が自分の道を迷わず歩けますように――


 俊熙はそう願い、目を閉じた。

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