海の魔物 ☆2☆


「すごいな嬢ちゃん、あんなでっかい魔物一刀両断!」


 お腹を抱えて笑う漁師に、シュエとリーズは顔を見合わせる。思っていたほどの拒絶感はなく、むしろ歓迎されているような雰囲気に、シュエは恐る恐る問いかけた。


「わらわのことが恐ろしくないのか?」

「いや? だって嬢ちゃん、オレを守ってくれただろ?」


 なにを当然のことを、とばかりに首を傾げる漁師に、シュエはほっと安堵したように息を吐く。それを見たリーズも、胸を撫でおろし、漁師に声を掛ける。


「漁はできそうですか?」

「あー、いや。今日はやめとくよ。おふたりさん、びしょ濡れだし、海水でべたべたするだろ?」

「む、確かに。……ああ、じゃが、もう少し付き合ってもらうことになるかもしれん」

「へっ?」


 シュエは海を見つめて目元を細める。リーズは煩わしそうに上着を脱ぎ、自身の剣を抜いた。


「あのクラーケン、子どもじゃったのかな」

「さぁ? まぁ、あの様子だと、その可能性がありますよね」


 憤慨したように真っ赤に染まったクラーケンが二匹。敵討ちかのように激しく船を攻撃している。波ではなく攻撃で揺れる船にしっかりとしがみつく漁師。


「そのまま、しがみついていてください」

「大人しくしておるんじゃぞ」


 シュエとリーズは薄い膜から出て、視線を交わして同時に口角を上げる。


「もうひと暴れじゃ!」

「存分に暴れてください、シュエ」


 真正面のクラーケンに突撃するシュエに、反対側のクラーケンに向かうリーズ。


 クラーケンは勢いよく墨を吐く。それを避けると、薄い膜にべったりと墨がくっつき、シュエがイヤそうに眉根を寄せる。いくつもの吸盤がある触手が何本も攻撃に使う。


 鞭のようにしなる触手を斬り落としながら、頭への攻撃を試みる。が、先程のクラーケンよりは戦い慣れているのか、なかなか届かない。


(触手を全部斬り落とすか?)


 うねうねと動く触手と、斬り落とされて黒いもやになり消えていく触手を眺めているとあることに気付いた。


 ――斬った触手が再生している。


「ふむ。やはりこちらは一筋縄ではいかんか」


 一度触手に乗り、空中へ跳び上がる。ちらりとリーズを見ると、彼はすでに倒したようで、船に戻り漁師となにかを話していた。


 視線に気付いたのか、リーズがシュエを見て口を動かす。


 声は聞こえなかったが「手伝いますか?」と言っているように見えたので、大きく首を横に振る。


 リーズがやれやれとばかりに肩をすくめる。


 シュエは思考を巡らせる。触手の再生は思っていたよりも早く、もう一匹も倒されてさらに怒り狂うクラーケンに、魔物でも仲間を想う気持ちがあるのだな、とシュエは感心しつつ、美味しい魚介類のためにも海を荒らす魔物を倒さなくては、と心の中で呟く。


「さぁて。どう戦おうかのぅ」


 右手首につけた辰砂のブレスレットに触れる。それから、こちらに向かってくる触手を斬り落とし、別の触手に乗り移る。


 思っているよりは走れそうだ。ブヨブヨと変な弾力があり、少しぬるぬるはしているが。


 許容範囲だろうと考え、シュエは走り出す。案の定、走ればするがなかなか目標までは遠い。


 触手もシュエを振り払うからのように荒れ狂い、仕方なくぐっと翠竜剣の柄を握りしめ、叫んだ。


「翠竜剣よ! 魔をはらうその力を示せ!」


 シュエの言葉に反応するように、翠竜剣の刀身が淡く光る。その光にひるんだようにクラーケンの動きが鈍る。


 その隙を見逃さず、シュエは真っ直ぐにクラーケンの頭に向かい、触手から跳び上がり頭の上から一直線に剣を振る。


 確かな手応えがあり、半分になったクラーケンは黒いもやになり消えていく。足場がなくなったシュエは、やっぱり海へと落ちていく。


 自分の手のひらを見つめ、勝てたことにぐっと拳を握る。ほっとしたように表情を緩めたあと、海水が口に入らないように唇をきゅっと固く結んだ。


 しかし、シュエが海に落ちることはなかった。いつの間にかシュエの落下地点に、漁師の船が来ておりリーズが落ちてくるシュエを抱き留めたからだ。


「また落ちるかと思った」

「お疲れさまでした、シュエ」


 シュエを労わるように微笑みながら声を掛けるリーズを見上げ、満面の笑みを浮かべる。


「なかなか手強い相手じゃったな」

「良い経験となったでしょう」

「うむ! くしゅっ!」


 戦っている最中は気付かなかったが、海に落ちてずぶ濡れになってから少し時間が経ったからか寒さを感じるようになった。


「ありゃ、風邪ひいちゃあ大変だ。すぐに街へ戻るぜ!」


 シュエがパチンと指を鳴らすと、薄い膜が消えた。漁師が急いで街へと船を走らせる。その間にもシュエは何度かくしゃみをしていたので、リーズはそっと彼女を抱きしめた。……とはいえ、リーズも海に飛び込んだので、冷えているのだが。船に座り漁師に見えないようにこっそりと、人差し指に小さな火を灯し、シュエの身体を温めた。


「良いのか?」


 小声で尋ねるシュエに、リーズは小さく首を縦に動かす。


「シュエの身体が第一ですから」


 リーズの言葉に、シュエは目を丸くして、それからくふくふと肩を震わせて笑った。

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