海の近くの街で ☆10☆
お風呂から上がり、上機嫌で寝間着に着替えてリーズに声を掛けるシュエ。
「上がったぞ!」
「はい、お水です」
「おお、すまんな」
大きめの湯呑みにたっぷりの水を渡され、シュエはゆっくりと飲む。火照った身体に冷たい水が流れていく感覚が心地よい。
すべてを飲み終わり、ほぅと息を吐くとリーズがシュエの髪の水分を拭いていた。ぽんぽんぽん、と優しく水分を吸わせるリーズ。その手つきが優しいので、思わずまたうとうとと眠くなってきた。
「髪を乾かすまで寝てはいけませんよ」
「わかっておる……わかっておるが、眠い……」
ふわぁ、と大きな欠伸をひとつして、頭がかくんかくんと動く。
「――仕方ない、急いで乾かしますね」
リーズがぽつりと呟き、人差し指を立てると指先にぽっと小さな火を出す。
「久しぶりに見た」
「姫さまの髪を乾かすためですよ」
もう片方の手も人差し指を立てる。シュエの頭の上でくるくると回すと、温かい風がシュエの髪を乾かす。熱すぎることもなく、冷風でもない。
この世界の人たちは『弱い』。剣を扱える人もあまり居ないようで、悪鬼たちに狙われやすいようだ。
「クラーケン……どのくらいの大きさじゃろうなぁ……」
眠くて目をしょぼしょぼとさせながらも、明日倒す予定のクラーケンを想像する。この世界では悪鬼を倒せば黒いもやになり消えてしまうが、別の世界なら消えずに食べることができるのだろうか、とうとうとしながらも考えることは食のことだ。
「……魔物ですよ? 食べるんですか?」
「食ってみんと美味いかどうかわからんじゃろー……」
リーズが呆れたように肩をすくめた。シュエが言葉を返すのと同時に、彼女の髪が乾いたようでリーズは人差し指に灯した火を消し、今にも前に倒れそうになっているシュエを抱き上げ、ベッドに運ぶ。
「おやすみなさい、姫さま」
「うむ、おやすみ、リーズ……」
シュエが目を閉じると、すぐに眠りに落ちたようですぅすぅと寝息が聞こえて来た。
すっかり乾いたシュエの髪を撫でてから、リーズは大浴場に向かう。
明日は一体どんな日になるのだろうか。と考え、ゆっくりと息を吐く。
とりあえず、明日のことは明日考えることにして、リーズは思考を放棄し、広い湯船を楽しむことにした。
大浴場は本当に広く、いろいろな人がいるようだ。
「クラーケンがいなければ、もう少し粘れるような気はするんだけどなぁ」
「あんな大きな魔物、倒してくれる人がいないと漁だって危険だろ」
「いつ出遭うかわからないからな。毎回心臓バクバクいってる」
「そりゃ大変だ」
どうやら漁師たちもいるらしい。リーズは髪と身体を洗ってから、湯船に浸かり話をしている人たちに近付き声を掛ける。
「あの。もしもクラーケンを倒す人がいたら、どう思いますか?」
いきなり声を掛けたリーズだったが、話をしていたふたり組は彼に顔を向けて、漁師がにっと明るい笑顔を見せた。
「神だ! って思うね」
「神、ですか?」
「クラーケンのせいで魚たちも逃げちまうからな。漁師のオレとしては、もっと魚を獲ってみんなに食ってもらいたいわけよ。それが出来るようになれば、ほんっとうに助かるのさ」
ぐっと拳を握って熱く語る男性に、リーズはふむ、と口元に手を置く。どうやら本当に困っているようだ。
「もしもクラーケンを倒したのが小さな女の子だとしたら?」
「そんな子がいたら女神として
「でもよぉ、小さい女の子が魔物と戦うなんざ、オレらちっと情けなくねぇ?」
リーズたちの会話を聞いていたのか、他の人たちも寄ってきた。クラーケンに困っている人たちは多いようで、なかなか倒せない魔物相手に鬱憤も溜まっているようだ。
「クラーケンの影に怯えながら過ごすのも、もうごめんだぜ」
「だが海兵も薙ぎ払っているじゃん、クラーケン」
「もっと強い人がいればなぁ」
次々に飛んでくる会話に耳を傾けながら、リーズは明日のことを考える。
シュエが倒したら、感謝はしてくれるだろう。そのあと、どういう目で彼女を見るのかを真剣に考えた。
海の近くの比較的暖かい街のようで、街に暮らす人たちも大らかな人たちが多いように見える。
「なるほど。とても参考になりました」
リーズがそう言って微笑むと、集まってきた人たちは首を傾げる。
「クラーケンはいつ現れますか?」
「え? あー、いつだろうな? 最近だと結構頻繁に出て来るから、明日も出るんじゃないか?」
リーズはふむ、と小さくうなずき、彼らに向かい微笑みを浮かべて「わかりました、ありがとうございます」と頭を下げた。
そしてそのまま湯船から上がり、シュエの眠る部屋まで戻る。
「どうやら大活躍の予感ですよ、姫さま」
すやすやと穏やかに眠るシュエにぽつりと声を掛け、リーズも寝る支度を整えて隣のベッドに潜り込んだ。
――明日、きっと街は歓声に包まれることになるだろう――
シュエの活躍はきっと街中に広がり、彼女を見る目がどう変化するのか。小さな不安を抱きつつ、リーズは目を閉じて睡魔に抗うことをせず、心地良いまどろみの中に身を投じた。
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