海の近くの街で ☆8☆
ものの数分で桃を食べやすいように切り、フォークを用意して戻ってきた。
薄暗かったので灯りをともし、シュエの前に一口サイズの桃が乗った皿を置き、フォークも渡す。シュエはリーズに「ありがとう」とお礼を伝えてから、フォークを桃に刺してぱくりと食べた。
濃厚な甘みにとろけるような食感。程よく熟されている桃はとても美味しい。
リーズはシュエのためにいろいろな食べ物を用意してくれている。恐らく、この世界の料理がシュエの口に合わない場合を想定して。それが過保護だということに、きっと彼は気付いている。
自分を気遣ってくれるのはありがたいが、まるで繊細なガラス細工を扱うように接されても、と小さく息を吐く。
「美味しいですか?」
「うむ、甘くてとろける桃は絶品じゃな」
柔らかく問いかけられ、シュエはぱっと笑みを浮かべて答える。リーズが満足げに目元を細めるのを見て、シュエは桃を食べ進めた。
桃を食べ終えて満足すると、扉を軽く叩く音が聞こえ、リーズが立ち上がる。
そして、シュエは受付で彼が話していたことを思い出す。誰かがこの部屋に来たのだろう。
シュエが扉に顔を向けると、ひとりの青年が入ってきた。
彼は、シュエに気付くと近付いて膝をつきゆっくりと言葉を紡ぐ。
「翠竜国第一皇女、
「あ、門番の」
「はい。姫さまがこの街に立ち寄られるようだとお聞きして、第一皇子から文を預かっております」
そう言って懐から手紙を取り出す。両手で差し出され、シュエは「兄上から?」と怪訝そうに眉間に皺を刻みながらも受け取り、ちらりとリーズを見上げる。リーズが小さくうなずくのを見て、そっと手紙を開いて確認した。
つらつらと綴られた文章に目を通し、最後まで読んでから眉間に深い皺を刻み、それを癒すように親指と人差し指で揉むように眉間を摘まみ、重々しく息を吐いた。
「姫さま?」
「あー、ちょっと待っておれ。今、兄上に返事を書くから」
ちろりとリーズに視線を移すと、彼は普段持ち歩いている鞄から便箋と封筒、万年筆を取り出した。
テーブルの上に置いて、手紙を綴る。すらすらと文字を書いていく姿を、リーズと宇航が見守っていた。
書き終わり、右手をぷらぷらと揺らしてから手紙を封筒に入れて宇航に差し出す。
「これを兄上に頼む」
「かしこまりました」
シュエから手紙を受け取り、宇航は
「……それともうひとつ、もしもこの国を離れるのでしたら、海を渡ることになるでしょう。現在海に生息している魔物が大暴れしているようですので、お気をつけください」
「ふむ、海に生息している魔物とな?
「西洋の魔物ですか?」
シュエとリーズから質問されて、宇航は「はい」と答えてから別の紙を取り出して広げてみせた。
「……ああ、クラーケンですか」
「なんじゃそれ?」
シュエが知っているほとんどの悪鬼とは違うらしい。
「大きなタコやイカですよ」
「……その説明で大丈夫なのか?」
思わずと言うようにリーズに声を掛ける宇航。
「タコ! イカ! 食えるのか!?」
「そっちですか!?」
なにを当然のことをとばかりに宇航に注ぐシュエに、彼は自身が仕える第一皇子のことを思い出した。
『欣怡は食に興味があるからな、美味しいものを与えれば上機嫌になるんだ』
――と、話していた。
まさか魔物を食べるつもりなのか……と目を丸くしていると、リーズが「無理でしょう」と頭を左右に振った。
「ええ、食えんのか……」
「悪鬼を倒したら、黒いもやになって消えるでしょう。恐らく、この世界の悪鬼や魔物はそういう仕様になっているのだと思います」
「むぅ、確かにの。ちぃと興味があったんじゃがなぁ、残念じゃ」
宇航はシュエの言葉に目を丸くしていた。その様子を見て、リーズが肩をすくめる。第一皇子に仕えているといっても、こうしてシュエと話すことは滅多になかったであろう彼に、リーズは言葉を掛けた。
「クラーケンを倒してしまっても?」
「倒す気か? 巨大だぞ?」
「姫さまに危険が及ばないのが一番ですから」
そして宇航は思う。王宮内では第一皇女を大切にしていると耳にしたことはあったが、これほどまでとは、と。
「倒すんじゃったら、わらわも戦うぞ。翠竜剣で斬れるじゃろう」
シュエが剣を振る仕草をすると、宇航はさらに驚いたように目を見開いた。
王宮の一角から滅多に出てこない、家族に溺愛されている末っ子皇女が自ら戦うつもりなのか、と。
「この世界の魔物くらいなら、朝飯前でしょうね」
「思っていた以上に弱いからのぅ……」
シュエとリーズの会話に戸惑いを隠せない宇航に対し、彼女たちはこれからの旅のことを話し合う。国を越えるかどうかはまだ保留のままだ。
「浩然はともかく、姫さまも戦うのですか?」
「うむ、剣術の使い方は学んだからの。実戦はこの世界に来てからじゃが、なかなか戦えておるぞ?」
のぅ、リーズ? とシュエはリーズを見上げて問う。彼は小さくうなずいた。宇航はますます頭が混乱してきたのか、後頭部に手を置いて数回目を
「それはまた……意外、ですね」
「そうか?」
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