海の近くの街で ☆4☆
注文した料理がテーブルに並んでいく。眼下に広がる美味しそうな料理を前に、シュエは目をきらきらと輝かせながら料理をじぃっと見つめ、ほかほかと湯気を立たせるおかずの匂いを胸いっぱい吸い込んだ。
「ここに楽園はあった……!」
「落ち着きましょう、シュエ。ここは楽園ではなく人の国です」
リーズに言われて、シュエは深呼吸を繰り返し、料理を前にして昂る気持ちを抑えるように胸元に手を置いた。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
小さく一礼してから女性の従業員は扉を静かに閉める。
テーブルに並んだ品々に、シュエはあふれ出た唾液をごくんと飲み込んでから箸を持つ。
「食べる前に丼ものはわけましょうか」
「そうね。リーズ、お願いできる?」
「頼んだ!」
「かしこまりました」
取り分けることが想定されているのか、きちんと小さな茶碗が用意されていた。それぞれの丼を三等分にし、茶碗によそう。それを繰り返して、シュエの前に
お吸い物と漬物は丼を三つ頼んだのできちんと人数分ある。
「では、いただきましょう」
「うむ! まずはどれからがいいかのぅ……やはり赤身か」
わくわくと声を弾ませながら、醤油を取り軽く赤身にかけてから一切れ箸で摘む。
「なんという分厚さじゃ。赤身に赤みのある褐色がよう似合うのぅ」
うっとりと恍惚の表情を浮かべて、ぱくりと食べる。もぐもぐと咀嚼をしていくうちに、赤身の旨味と程よい酸味を感じる。醤油の味も素晴らしく、恐らくこのように鮪などを生食で食べることを前提に作られているのだろう。
次に大トロに醬油を掛けて食す。
とろけるような食感と濃厚な脂の旨味が口の中に広がり、思わずほぅ、と息を吐いてしまう。
イクラ丼も一口食べる。ぷちぷちと弾けるイクラの弾力と酢飯の相性のよさを感じ、イクラが醤油味で漬けられたものではなく塩味だったことに少し驚いた。宝石のように輝くイクラを噛み締めて、幸福感を味わってからお吸い物を飲む。
――やはりここは楽園では? と思いながらぱくぱくと箸を進めるシュエの様子に、リーズとルーランも箸を付けた。
黙々と食べ進め、思い出したかのようにシュエがおかずを食べる。
「この料理は貧血に良さそうじゃな」
「貧血ですか?」
「そうじゃ。片栗粉でとろみがあるじゃろ? 鉄分やビタミンがまとめて摂りやすくなっておる。こっちのセロリと帆立貝柱の煮びたしは風邪予防もできそうじゃ」
一度箸を置いておかずの乗った皿を持ち、浅蜊の韮炒めを説明するときはその皿を上げた。説明を終えてからセロリと帆立貝柱の煮びたしが乗った皿を少し上げる。
「帆立の加熱時間が少ない料理のようじゃ。熱し過ぎると減ってしまうタウリンを生かす料理じゃな。それと、セロリは動脈硬化や高血圧の予防、回復に効果があるし、唐辛子で少しピリ辛じゃが、食欲を増進させる――なんじゃ、ルーラン、その顔は」
呆気に取られたようなルーランの表情を見て、
「いえ、聞いてはいたのですが、シュエは本当に食のことを愛しておりますのね、と」
「ふっ、ふっ、ふっ。なんじゃ、今頃実感したのか?」
「ええ。シュエの料理を家族が取り合ったと耳にしたことがありますよ」
「……それは忘れていい情報じゃ」
確かにあったことなので否定はせず、話は終わりとばかりにまた食べ進める。どれも美味しくいただき、すべての皿を空にして満足げにお腹を擦っていると、ルーランとリーズも食べ終わり、箸を置いた。
「さて、美味しく食べたあとで水を差すようですが、あの村でのことをご報告しても?」
ルーランの声色が変わる。いつもの早口ながら優しい口調ではなく、シュエを『翠竜国の皇女』として接するときにだけ耳にする芯の強い声。
シュエも真摯な表情に切り替え、小さく首を縦に振った。
「では、まずはあの村すべての家に鍵をつけました。そして、シュエが手助けた青年たちですが、村を出て行くと話していました」
シュエの目が大きく見開かれる。自分たちが村を出る前に餞別をくれたことを思い出し、どこか晴れ晴れとした表情に見えたのはそのせいか、とも考えた。
「恋情のもつれがあったそうです。当時、青年の母はかなりの美人だったらしくて……結婚してからは夫が守っていたんでしょうね。まぁ、それが気に入らない人が――こう」
ルーランが右手の人差し指を自身に向け、左から右へと一直線に切るように動かす。シュエが顔を
「悪鬼に殺されたと思わせるために、わざとぐちゃぐちゃにしたようです」
「――殺した人はどうなった?」
「首を吊った、と」
「……なんというか、いろいろ問題があったんじゃな……」
複雑そうなシュエに、リーズがぽんと彼女の頭を撫でる。その優しい手つきに、シュエはしばらく撫でられていた。
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