海の近くの街で ☆1☆


 シュエとリーズは旅をしていた。山を歩いたので今度は海を見てみたいとシュエが目を輝かせながらリーズに伝えたので、彼は地図を取り出して海に近い街を探す。


 先日起きた出来事に、シュエは頭を悩ませていたようだが、いただいた野菜を美味しく料理して食したことで、彼女の中のわだかまりがほんの少し解消したようだった。


 美味しいものを食べれば気が晴れる子で良かった、とひっそりリーズは思う。


「あ、見えてきましたね」


 陸路をてくてくと歩いていること二週間。村や町を転々としている間にルーランから連絡があり、シュエたちが向かっている街の名を口にすると、そこで落ち合う約束をした。


 そして今、その街の全貌が見える丘の上で遠くから眺めていた。


 遠くからでも海の広さがよくわかる。きらきらと波の間に輝く太陽の光が見えた。


「リーズ、あれが海か!?」

「はい、姫さま。あれが海です」


 興奮しているのかそわそわと今にも駆け出しそうなシュエの様子に、リーズは小さく微笑みを浮かべる。こういうところはまだ幼く見える。


「魚介類も美味なんじゃよなぁ。ああ、早く食したいっ!」

「……やっぱり食なんですね」


 あまりにもぶれない彼女の食への探求心に、リーズは肩をすくめる。くるりと身体を反転させ、シュエは満面の笑みを浮かべ、腰に両手を添えて胸を張る。


「当然じゃろう! わらわの一番の楽しみじゃからな!」


 太陽のように眩しいその満開の笑顔を見て、リーズはホッとしたように胸を撫でおろした。


「それでは、もう少しがんばりましょうか。この距離ならお昼までには辿り着くでしょう」

「そうじゃな、待っていておくれよ、わらわの魚介類!」

「姫さまだけのものではないのですから、ほどほどにお願いしますよ」


 わくわくと胸を高鳴らせているシュエの様子に、リーズは眼下に広がる街を見つめる。海の近くだから港があり、停泊中の船が視界に入る。


 この時期なら大きな船もあり、その船に乗れば国境を越えて別の国へ行けるだろう。とはいえ、シュエがどのように判断するかでこの国に留まるかどうかが決まる。


 あくまでシュエの旅なのだから。


「姫さまは、別の国に行きたいですか?」

「まだこの国全部回っておらんぞ?」

「姫さまの旅なのですから、この世界のならどの国に足を運んでも構わないのですよ」


 シュエとリーズは歩きながら話す。シュエの歩幅に合わせながら隣で歩を進めるリーズ。リーズを見上げて彼女は手を伸ばして彼の手を握る。


 小さな手が触れてきたことに気付いたリーズは、そっと彼女の手を握り返した。


「まだ保留じゃ!」

「かしこまりました。では、滞在中に決めましょうか」

「うむ! まずはたらふく魚介類を満喫してからじゃの!」


 歩く速度が少しずつ上がっていく。急ぎ足になっているのは、シュエのお腹が空腹を訴えてきたからだ。


 街が近付くにつれて、独特の匂いが鼻腔をくすぐる。


「不思議な匂いじゃのー?」

しおの匂いですね」


 鼻をひくひくとしながら匂いを嗅ぐシュエに、段々と近くなる街からは別の匂いもしてきた。


「魚の生臭さとはまた違った匂いじゃの。新しい発見じゃ。……それにしても、なんだか香ばしい匂いも混ざっておるのぅ」


 なにを焼いているのだろうと首を傾げながらも、興味津々とばかりにリーズと握った手をぶんぶんと勢いよく振る。それだけのシュエの興味が料理に向いていることに気付き、リーズは目元を細めた。


 恐らく、ルーランは別の道を行きすでに街についているだろう。そして、村での出来事を話すだろう。


 その前にシュエの空腹を少し満たしたいと考えていた。


 空腹時にはきついだろうと彼女の普段の性格を思い浮かべる。


 自分たちだって、空腹時は物事を悪くとらえる傾向にあるのだ。それがまだ成人していないシュエならなおのこと、と。


 それなら屋台でなにかを買い与え、少しでも空腹を紛らわせてからルーランの話を聞いたほうが良いと判断した。


(結局、私も心配性なのかもしれませんね)


 シュエのことをちらりと見ながら、リーズは気付かれないようにゆっくり息を吐いた。


 リーズの言った通り、お昼頃に街へ到着した。門兵に通行手形を差し出すと、シュエとリーズの顔を見て「通って良いですよ」と微笑む。リーズはその門兵の顔をどこかで見たことがあるような気がして、思わず彼をじっと眺めた。


「後ろが詰まっているから、行った行った。あとでな、浩然ハオラン


 最後の言葉だけリーズに聞こえるように小声で付け足した門兵に、リーズはようやく彼が誰かを思い出し、「ああ」と返事をした。


 街の中は賑わっていた。今まで見たどんな町よりも広く整っていて、シュエは圧巻されたのかぽかんと口を開けていた。


「素晴らしい街じゃな、リーズ! 見よ、この活気あふれた人たちを!」


 リーズから手を離して両手を広げて数歩駆け出すシュエに、リーズは「そうですね」と優しく返した。


 彼のほうを振り返り、早く行こうとばかりにシュエが手招く。


 シュエに早足で近付くと、彼女の手を取った。


「予想以上に人が多いので、はぐれないように」

「なーに、はぐれてもすぐに見つけてくれるじゃろ?」

「もちろんです。ですが、はぐれないほうが助かりますね」

「そりゃそうじゃ!」


 シュエが元気よく言ったところで、ぐぅ、と空腹を訴える彼女の腹に、ふたりは顔を見合わせて思わずというようにき出した。

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