困っている人を見かけたら? ☆8☆
シュエとリーズは寝間着から普段着へ着替えてから、村長たちに挨拶をしようと家の中を歩いていると、若い女性が声を掛けてきた。
「おはようございます、よく眠れましたか?」
「うむ、ぐっすりじゃった」
「それは良かった。朝食はどうします?」
「少し確認したいことがあるので、昨日の家に行ってみたいと思います」
リーズがそう言うと、若い女性はきょとんとした表情を一瞬浮かべ、それから「そうなのですね」と呟いてから玄関まで案内してくれた。村長に挨拶をしていないことに気付いて、シュエが世話になったと伝えて欲しいとお願いすると、彼女は「はい」と返事をした。
それから昨日食事をした家まで歩く。この村の人たちは、もうすでに畑作に出ているようで、畑にいる人が多かった。
「こうして美味しい作物ができるのじゃな」
「ありがたいことですねぇ」
シュエもリーズも畑で作物を育てたことがない。広い王宮のどこかでは畑仕事をしている人がいるとかいないとか、噂話で聞いたことがあることくらいで、実際に畑仕事をしている人を見るのは、シュエを新鮮な気持ちにさせる。
「こうして丁寧に草を抜いたり水を撒いたりしておるんじゃなぁ」
「新鮮ですか?」
「うむ。いつも収穫されたものしか見ていないからな!」
王宮の料理長の元に運ばれてくる肉や野菜を思い浮かべて、畑仕事をしている人たちに視線を向ける。彼らはシュエやリーズが村を歩いていることに気付き、一瞬こちらを見たがすぐに作業に戻る。
「なんだか感慨深いのぅ」
「シュエにとってこの世界は、珍しいもので溢れているでしょうからね」
「リーズが旅をしていたときも、こんな気持ちになったか?」
シュエの問いに、リーズは目元を細めて旅をしていた頃を思い出す。竜人族の掟で他の世界に旅をした。初めて見る外の世界は、いろいろと己の国と違い戸惑ったものだ。その点、シュエは戸惑いを一度も見せていない。
「どちらかといえば、文明の差に驚きましたね。世界が違えば文明もこんなに違うのか、と」
「じゃからあんなにいっぱい持っていけと、言っていたのじゃな」
「シュエに不便さを感じさせたくはありませんからね」
「そんなもんか?」
そんなもんですよ、とリーズが微笑む。話しながら歩いていたので、案外すぐに目的地にたどりついた。
リーズが扉を軽く叩くと、すぐに扉が開いた。
昨日の男性と女性が出迎え、口を揃えて「おはようございます」と挨拶をしてくれたので、シュエとリーズも挨拶を返した。
「昨日は悪夢を見なかったか?」
「ええ、おかげさまで。昨日教えてもらったお粥を作ったの」
「食欲不振が治るまで、で良いからの?」
「ふふ。そうね。上がってちょうだい、一緒に食べましょう」
女性がシュエとリーズを招き入れる。ふんわりと漂ってくる良い匂いにシュエの腹の虫がぐぅと鳴いた。
「やった! お邪魔するぞ!」
「すみません、お邪魔します」
シュエたちは家の中に入り、リーズが扉を閉める。女性はお粥と付け合わせを食べようとしていたところだったらしい。男性もお粥を食べる予定だったようだ。
「同じもので良いかな?」
「うむ、お願いしよう!」
男性がシュエとリーズにお粥をよそい、目の前に置く。ほかほかと湯気が立っているのを見て、シュエは嬉しそうに目元を細めた。朝から温かいものを食べられるのは、ありがたいことなのだと旅を始めてから知ったのだ。
王宮で暮らしていると当たり前だったことが、旅を始めると当たり前ではなくなる。朝起きて、身支度を整えてもらうとすぐに温かな朝食が部屋に運ばれ、食べることができる。だから、旅を始めてすぐに干し肉をかじったとき、なんとも言えない気持ちになったのだ。
一緒に食事をしながら、今後のことについて話し合う。
「まず、鍵をつけたほうが良いと思う」
「とはいえ、どうやって?」
「鍵職人なんておらんのか?」
「鍵職人?」
どうやらいないようである。うーん、とシュエが首を捻る。できれば内側から鍵が掛かるようにしたい。
「内側からも外側からも鍵が掛かるのが一番なんじゃが……」
「そうですね。大切なことです」
ちなみに王宮のシュエの部屋には鍵はない。正確には、兄三人が馬鹿力過ぎて鍵を壊すことが多く、シュエが諦めたという経緯がある。淑女の部屋なのよ! と母がカンカンに怒っていたことを思い出し、肩をすくめた。
「呼べば来てくれるかの?」
こそっとリーズに話しかけるシュエ。リーズは「恐らく」と答えた。シュエは悩むように目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「ところで、どうしてこの村では家に鍵を掛けんのじゃ?」
「田舎だから、以外の理由が必要?」
「入り放題じゃないか! この村のプライバシーはどうなっておるんじゃっ!」
「ぷ、らいばしー?」
「……おっと、この国にこの言葉はないのじゃな……」
口を滑らせたとばかりに口を手で覆い、視線を逸らすシュエに、男性とその母親は顔を見合わせて不思議そうな表情を浮かべた。
「ところで、どうして俺についてきたんだい?」
「ああ、ちぃとの、気になって。困っておるみたいじゃったから」
「シュエは困っている人を見かけると、つい声を掛けてしまうのですよ」
「あら、人助けは良いことよ。こんなに小さいうちからえらいのね」
「ふふん」
褒められて上機嫌になったシュエに、リーズが呆れたような視線を送る。それに気付きながらも、彼女は話を続けた。
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