困っている人を見かけたら? ☆7☆
「あの、お嬢さんと一緒にいる男性は、男性なのですか?」
「……は? リーズの性別は男性じゃが……」
「中性的な顔立ちで、声も男性なのか女性なのか判断するには難しくて。ああいう男性もいるんですねぇ」
シュエは目をパチパチと
「うちの村の男性陣って、こう『男』! って感じでしょう? 線が太いというか。あんなに線が細い男性を初めて見たので、つい気になって」
「なるほど?」
村人たちの姿を思い返し、なんとなく納得するシュエだった。この村の人たちは日に焼けて、畑作で筋肉もついている。一見すると判断に迷うリーズとは違い、すぐに『男性』だとわかる人たちだけなのだ。
「ここがお風呂場です。ゆっくり過ごしてください」
「ありがとう。お風呂いただくよ」
シュエは脱衣所で服を脱ぎ始めようとして、ふと若い女性を呼び止める。
「のぅ、そなたはこの家の娘か?」
「いいえ、私は住み込みの家政婦なの。うち貧乏だから」
眉を下げて微笑む若い女性に、シュエは「そうじゃったのか」と彼女を労わるように柔らかい口調で「案内助かったぞ、ありがとう」と微笑んだ。
若い女性は緩やかに首を左右に振り、「タオルなどはそこに置いてあるのを使ってください」と伝えてから脱衣所から出て行った。
シュエは服を脱ぎ、髪を下ろした。早速お風呂を堪能しようと浴室に移動する。ふわりと真っ白な湯気がシュエを迎え入れ、髪と身体を洗い、湯船にじゃぶんと音を立てて入った。
「はーっ、やっぱりお風呂は格別じゃな!」
ひとりで入るには少し大きい浴槽だった。右肩に左手を添えて、ぐるぐると肩を回す。逆も同じように肩を回し、天井を見上げるように浴槽のふちに頭を預けた。
「旅をしていると毎日お風呂、というわけにもいかんのが難点じゃな」
ぽつりと呟き、目を閉じる。王宮にいたときはいつでも入り放題だったが、旅人となった今では違う。旅に出てから最初の野宿のときは水で絞ったタオルで身体と髪を拭いた。
「温泉を探せばあるのかのぅ? じゃが、そこまで行くにも大変じゃしなぁ。やはりさくさく進んで宿屋を探すほうが良いのじゃろうか? ううむ、わからん」
ぶつぶつと言葉をこぼすシュエ。しっかりと身体を温めてから湯船から上がり、用意されていたタオルで髪と身体を拭いて着替える。そのまま案内された客室へ行き、リーズに声を掛ける。
「上がったぞ」
「はい。髪を乾かしましょうね」
リーズはタオルを片手に持ち、シュエを招く。素直にリーズに近付いてくるりと背を向け座ると、リーズがぽんぽんとタオルに髪の水分を吸収させた。
シュエの髪を乾かしてから、用意された布団に入るように
☆☆☆
次に目が覚めたら朝だった。鳥のさえずりが聞こえて目を開けると、眩しいくらいの太陽の光がサンサンと部屋の中に降り注いでいる。目を細めると、「おはようございます」とリーズが声を掛けてきた。
むくりと起き上がり、まだはっきりと目覚めていないシュエはぽやぽやと辺りを見渡してからリーズを見上げ、「おはよう」と眠そうな声で挨拶をした。
「あまり眠れませんでした?」
「んー、いや、眠ったぞ。ただ、ちょいと疲れが溜まっているのかもしれん」
「最近
倒しておかないと人々の迷惑になるだろう、と目で訴える。幸いなことに、父からもらった翠竜剣は悪鬼を倒すのに適していた。リーズもそれを知っているから、シュエが戦うことを認めている。
並大抵の武器では悪鬼を倒せない。怯ませることくらいはできるだろうが、その前に襲われるだろう。
「この世界の悪鬼ならわらわの敵ではないな」
「世界によって悪鬼の強さも変わるのかもしれませんね。内なる世界では弱体化しているのかも」
「あの黒いもやが空へ上がっていくじゃろ? もしかしたら、外なる世界で身体を癒しているのかもしれんな」
とはいえあちらの世界のことはさっぱりわからない。翠竜国からこの世界に来るために通っただけだから。兄たちから旅の話を聞くときに耳にしたから、念のため調べてみた。兄たちは『可愛い妹が戦うなんて!』と嘆くようなことを言っていたが、母が呆れたように目元を細めて睨んだら、口を閉ざした。
『良いですか、姫。あちらの世界の悪鬼に翻弄されるなんてこと、翠竜国の王族としてあってはなりません。強くなりさない』
真剣な表情で言われて、思わずこくりとうなずいたことを思い出した。あの日から剣の使い方を教えてもらったのだ。
父が渡した翠竜剣は持ち主の成長とともに姿を変えるが、その切れ味はかなり鋭い。切れないものなどないのではないかと思えるくらいに。
「家族の後押しがあり、こうして剣を使えるようになったわけじゃが、まさか実戦で使う日が来るとはのぅ」
「……正直、最初に
「書物で見た悪鬼がいたからつい」
ちなみに蠪姪は狐のような姿だ。しかし九尾、九首、虎の爪を持つ。これも赤子のような声で人を誘い、人を喰う。
シュエにとって、この世界の人たちは大事である。
「それに、人が居ないと美味いものも食えんしな」
「結局食に行くんですね……」
「我が国ではあったものがなかったりするし、こちらの世界は結構不便なのではなかろうか?」
「どうでしょう。不便さはそれが『普通』だと思っていたら、感じないものですよ」
そんなもんか? と首を傾げるシュエに、リーズはこくりと首を縦に動かす。そして、彼女の後ろに回り、櫛を取り出すと髪を梳き出した。
シュエの髪を梳き、髪をふたつにわけてから三つ編みにし、お団子のようにまとめる。派手に動き回る彼女には、しっかりとまとめておいたほうが良いとこの旅を始めてから気付いた。
「はい、できましたよ」
「相変わらず器用よな……」
手鏡を渡されてシュエは鏡の中の自分をマジマジと眺めてぽつりと呟く。皇女だから自分の髪を自分でいじったことはない。挑戦したこともあったが、ぐちゃぐちゃになるだけだった。それをリーズはあっさりと解決するのだ。
「手先の器用さは、必要に応じて、ですよ」
「まぁ、わらわは皇女だし? 髪が結べなくても問題なかろ?」
「ええ、そうですね。姫さまは姫さまのままで良いのですよ」
さらりと流された気がして、シュエは唇を尖らせる。リーズはその様子を見て、小さく口元に弧を描く。旅に出ているとはいえ、翠竜国の大切な末っ子皇女であることは変わらない。
「さて、今日はどうするのですか?」
「とりあえず、あの家にまた行くか。きちんと食べているか見なければな」
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