困っている人を見かけたら? ☆9☆
「わらわが勝手にこの家に鍵をつけても、文句は言われるかの?」
「文句はまぁ、たぶん言われるだろうけど」
「絶対につけなきゃダメかしら……?」
「これからも悪夢を見たいのか?」
シュエが眉根を寄せる。
「それはイヤだけれど、村八分にされるのもね」
「小さな村だからね」
どうやら村で珍しいことをするのがイヤらしい。
「ならば、まず村長にかけ合うことにしよう。村の長が鍵をつけたら、村人の意識も変わるじゃろ。朝食、美味かったぞ。ありがとう。リーズ、行くぞ」
「はい、シュエ」
「え、ちょっと……待っ……」
シュエが箸を置き、善は急げとばかりに男性たちの家から去る。それを引き留めようとした男性が手を伸ばしたが、シュエもリーズも後ろを振り返ることなく、玄関の扉を閉めた。
そして今度は、村長の家に向かう。ジロジロとこちらを見る不躾な視線を感じながらも村長の家までしっかりとした足取りで歩く。時折、村人と視線が合い、逸らされる前ににっこりと微笑んで手をひらひらと振ってやると、村人たちは驚いたように目を丸くしていた。
「シュエ、楽しんでいませんか?」
「矢のように突き刺さる視線なんて、滅多に味わえるものじゃないからのぅ」
くつくつと喉奥で笑いながら、改めて村の中を見渡す。山で囲まれた小さな村だ。行商人くらいしか訪れることはないだろう。だからこそ、余所から来たものはすぐにわかる。
「……
「漂ってますねぇ」
リーズの言葉に、シュエは神妙な表情を浮かべて小さく首を縦に動かす。
「……ま、これはこの村の人々の問題じゃからな。とりあえず鍵をつけてしまえば良いじゃろう」
「その他は手を出さない、と?」
「まだわからん」
肩をすくめるシュエに、リーズが眉を下げる。どうするつもりなのか考えているのか、彼女はぼんやりと辺りに漂う鬼火を眺めていた。
「こんな朝っぱらから元気な鬼火よな」
「……シュエ、いろいろツッコミを入れたいところがあるのですが」
「丁重に断ろう」
リーズとそんな話をしていると、あっという間に村長の家についた。玄関を掃除していた若い女性がシュエたちに気付き、首を傾げる。
「あら、戻ってきたの?」
「うむ。村長に話があるのじゃが、おるか?」
「少々お待ちください」
若い女性は村長を呼びに家の中に入り、それから間もなくして戻ってきた。そして、シュエたちを中へ招く。
彼女の後ろをついていき、村長の元へ。村長はシュエたちを見ると、軽く目元を細め「どうされた?」と声を掛けてきた。座るように
湯呑に入ったお茶を、若い女性が配る。先に村長がずっと音を立てて飲み、それからリーズが「いただきます」と声を掛けてから湯呑を持ち上げて口をつける。それから、シュエの分も一口飲んだ。飲んだところを丁寧に拭ってから、彼女へ渡す。
若い女性はきょとりとした表情を浮かべたが、シュエはそれを気にすることなくリーズから渡された湯呑を見て、くいっと一口お茶を飲んだ。
「さて、村長。ちぃとわらわの話を聞いてくれんかの?」
「なんでしょうか、お嬢ちゃん」
「この村の家は鍵を掛けることがない、と聞いたのじゃが、本当か?」
まずは鍵を掛ける習慣がないことを確認するシュエ。じっと村長を見つめる彼女の瞳は真剣そのもので、村長はそんな彼女の様子を不思議に思いながらも、首を縦に動かす。
「この村の人々は家族同然の付き合い。鍵を掛けるなんてこと、せんよ」
「防犯意識が低いのぅ」
「こんな誰もが顔見知りの村で、防犯してもねぇ」
シュエの眉がぴくりと跳ねる。ちらりとリーズを横目で見ると、彼はあの
「それは?」
「この村の祭りで使った芻狗です。これが、あるお宅のベッドの下で見つかりました」
リーズが見つけたときのことを話すと、村長はじっくりと芻狗を眺めた。しかし触れようとはしない。
「……なぜ、そんなものが……?」
「簡単じゃろう、芻狗をベッドの下に置けば悪夢を見る。そのことを知った誰かが、勝手に家に入りベッドの下に置いたのじゃ」
「この村には鍵を掛ける習慣がないので、家の中に入ることは誰にもできますよね」
淡々とした口調でシュエとリーズが村長に話す。村長は芻狗とシュエたちを交互に見て、ゆっくりと息を吐いた。
「村の誰かが、悪夢を見せたいほど憎んでいる、と?」
「憎んでいるかは知らぬ。しかし、放っておくわけにもいかんじゃろ?」
「ううむ……」
村長はシュエの話を聞いて、悩むように唸る。
「村はずれの親子の家。夫がぐちゃぐちゃになって発見されたようじゃな?」
びくり、と村長の肩が大きく跳ねた。なぜそのことを、と顔に書いてある。
シュエはすっと目元を細め、扇子と取り出すとパッと開き口元を隠した。
「人の悪意をそのままにしておくと、取り返しのつかないことが起こるぞ。……いや、もう起こったじゃろう?」
「悪意、だったのでしょうか」
村長がぐっと拳を握って、弱々しく言葉をこぼす。リーズがお茶を一口飲み、シュエに視線を向けるとシュエは呆れたような表情を浮かべていた。
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