食欲はいつも旺盛 ☆3☆
「ちなみになにが一番美味しかったですか?」
「……トマトと卵の炒め物」
「一番塩分を感じないものを選びましたね」
「好みじゃ、好み!」
百年生きていて、城の料理を食べて来ていたのだ。そりゃあ自分で料理し、失敗してえらく塩辛いものを作ってしまったこともあったが、そこは料理長がうまく料理を作り直してくれた。
「じゃが、こういう味の違いを知るのも楽しいからの」
「旅を楽しんでいるようでなにより。……姫さまは旅に出ないかと思いましたよ」
「食を堪能するのに忙しかったからのぅ」
竜人族は旅に出る。自分の国だけではなく、他国を自らの目で見て、歩き、どう感じ、自分の帰る場所がどこなのかを心に刻む。
そして、五十歳から八十歳の間に旅に出る竜人族が多い。だが、シュエは違う。
すでに三人の兄が旅から帰ったあとに生まれた、竜人族の姫。
それはもう、可愛がられた。溺愛といってもおかしくないくらいに。旅の話は聞いていたが、そのたびに兄たちから『まだ行かなくていい』、『まだ早い』と言われ続け結局この歳になってしまった。
「兄上たちは口をそろえて『まだ城にいて』と言っておったがの、父上と母上からああ言われてはのぅ?」
「皇后陛下、お強い」
「……本当にの」
母が賛成しなければ、シュエはあのまま城に留まっていただろうし、留まっていれば外の世界を知らずに育っただろう。もしかしたら、竜人族初の『旅に出ない皇族』になったかもしれない。
「まぁ、わらわも旅に出てみたいとは思っていたんじゃ」
「おや、そうだったのですか?」
「そうじゃ。兄上たちから外の世界の話を聞いていたからの。いつか自分の目で見てみたいと思っていたんじゃ!」
満腹になったお腹を擦り、兄たちから聞いた話を思い出しながら天井を見上げる。
家族と離れて一週間ほど経ったが、今のところ帰りたいとは思わない。
「城の料理はちっと恋しくなるが、こうしていろんな場所で食べるのも楽しいものじゃし、リーズもいるからの。なんというか、本当にただ食べ歩きの旅をしているようじゃな。ちなみにこの町で一番うまいのはあの牛肉の串焼きじゃと思う」
「本当に気に入ったんですね」
「シンプルな串焼きじゃったからの。あれは相当自信がないと出せんぞ」
「なるほど」
「……ところでなんで紙に書き留めているんじゃ?」
「姫さまの食に関して、報告して欲しいと皇帝陛下に頼まれていまして」
「ち、父上……」
「良かったですね、姫さまの好みの料理を作ってもらえますよ」
「末っ子だからかの、この待遇」
「唯一の姫ですし、それもあるかと」
恐らくシュエが溺愛されていることを知らない国民はひとりもいない。そのくらい、家族はシュエを堂々と愛でていた。
「悪い気はせんが、なんとも言えぬもやもやよ」
「そうやって大人になっていくのですよ、姫さま」
「……ところでリーズ。その『姫さま』呼びもやめんか?」
「姫さまは姫さまでしょう。今はふたりきりですし」
大人になると
「寝る前にお風呂に入ってください。ひとりで大丈夫ですね?」
「わらわを何歳だと思っておるのじゃ!」
「百歳でしょう、知っていますよ」
ほら、早くお風呂に行ってください、と背中をぽんと叩かれる。シュエはしぶしぶお風呂道具を用意して、リーズを振り返る。
「そなたは行かんのか?」
「姫さまが上がったら行きますよ」
長風呂してやろうかと一瞬考えたが、すぐにその考えを打ち消す。お風呂道具を抱きかかえ、大浴場へ向かう。
「おお、これはこれは。これも旅の
脱衣所で衣服を脱ぎ、大浴場へ足を踏み入れた。ぶわっと真っ白な湯気がシュエを出迎え、徐々に見えてくる視界に大浴場と露天に続く扉を見て、彼女はにんまりと微笑んだ。
身体と髪を洗い、早速お湯に浸かる。適温だ。
「ふあぁ……」
思わずそんな声が出る。見た目が幼い子からそんな声が出たのが面白かったのか、老婦人がくすりと笑った。
「うむ?」
「ああ、ごめんなさいね、お嬢ちゃんがあんまりにも気持ちよさそうに声を出すから、つい」
「とても気持ち良いぞ! この宿屋の大浴場は当たりじゃ!」
構われたことが嬉しくて、老婦人と会話をする。
「気に入ってくれて嬉しいわぁ。ここ、結構
「ほほう、そうじゃったのか。まぁ、確かに子どもの姿は見なかったな」
「最近は山に行くのも怖くなったしねぇ」
シュエは首を傾げる。不思議そうに老婦人を眺めていると、彼女は山の怪物のことを話してくれた。
「……なんと、それはまさか
「さぁ? 化け物の名前なんて知らんよ。お嬢ちゃんは詳しいのかい?」
「うーむ、そこそこに?」
シュエは竜人族だ。この世界よりも外なる世界から、旅をするために内なる世界へ入ってきた。
そして、
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