食欲はいつも旺盛 ☆2☆


 ゆらゆらとまるで揺り椅子ロッキングチェアに座っているときのような感覚に、シュエはふわぁと大きな欠伸をひとつ。


「姫さま、はしたないですよ」


 小声で咎められた。だが、シュエはくふふと笑う。


「今はただのシュエだから許されるのじゃ」


 あの城の中で生活していたときには気をつけていたが、今の自分はただの旅人なのだから、と言葉を続けるシュエに、リーズは眉を下げた。


「姫さま」

「あとその呼び方もやめぃ。今は、ただの、シュエ!」


 強調するように同じことを口にするシュエに、リーズは「本当にもう」と呆れたように息を吐いた。


 先程美味しい牛串を食べたことで上機嫌なシュエは、今夜の食事を想像しながら宿屋への道を眺める。


 どうしても足の長さが違うので、いつもリーズが気を遣って歩幅を合わせてくれている。だが、こういうときはいつも彼がシュエを抱きかかえて歩くのだ。


 護衛だからといってそんなことまでしなくて良い、と旅を始めてすぐに言ったことがあるが、彼はキョトンとした表情を浮かべて、『え、護衛兼世話係でしょう? 今までとなにか変わります?』と言ってのけた。


 元々世話焼きなところがあるリーズとの旅は、シュエにとってあまりにも快適すぎた。本当にこれで良いのかと思うくらいには。


「寒くなってきたのぅ」

「そりゃ日没になれば寒くなるでしょう」


 寒くなってきたと訴えれば、リーズの足の歩調が速くなる。そのままの歩調で宿屋まで行き、宿屋の主人に声を掛けて部屋へ向かう。


「今、お茶を用意しますね」

「うむ」


 リーズはシュエを下ろし、上着を返そうとした彼女に「そのまま着ていてください」と伝えると、お茶を用意し始める。


「緑茶でいいですか?」

「構わぬよ」

「では、早速」


 手際よくお茶を用意し、「熱いので気をつけてください」と湯呑を差し出す。湯呑を受け取り、ふーふーと息を吹きかけてからこくりと緑茶を飲む。


「やはりリーズのお茶は一味ひとあじ違う気がするのぅ」

「淹れ慣れているだけですけどね」

「そんなもんか?」

「そんなもんです」


 緑茶で身体の中から温まり、ほう、と息を吐く。空っぽになった湯呑をテーブルに置くと、上着を脱いで彼に返した。


「しっかし、ここまでわらわに尽くすことないのでは?」

「放っておくと姫さまは暴走するでしょう」


 反論はできなかった。幼い頃から彼と一緒に過ごす時間が多く、その分シュエのことをよく理解しているのも知っていたから。


「本当、父上はなぜおぬしに護衛を頼んじゃのだろうか……」

「今度帰国したときにたずねてください。私は帝王陛下に頼まれただけですからね、言っておきますけど」

「知っとるわ」


 ぽんぽんと掛け合いのような会話をしていると、夕食の時間になったのか食事が運ばれてきた。


 シュエの目が爛々と輝く。その目を見て、「本当に食べることが好きですね」と感心したようにリーズが呟く。……が、その言葉は彼女の耳には届いておらず、彼女はワクワクとした表情で運ばれてきた料理の数々を眺めていた。


「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 と、宿屋で働いている女性が頭を下げる。


 テーブルの上に広げられた数々の料理に、ぐぅとシュエの腹の虫が鳴いた。


「さっき串焼き食べたのに」

「食べたうちに入らんってことよ」


 ほかほかと湯気が立っている料理を前にして、シュエは早速手を合わせて箸を取り、小鉢に入っている料理から口に運んだ。


 小鉢の中身はほうれん草の胡麻和えだった。もちろん食べたことはあったが、場所が違えば味も違うようで、こちらの胡麻和えはどちらかといえば胡麻の風味が強かった。


「同じ料理でもまた違う味わいが楽しめるのが良いことよ」

「こちらは結構味が濃い目なのですね。日中がそれなりに暑かったからでしょうか」

「うむ、その可能性は存分にあるであろう」


 そう言って、シュエは別の料理を口に運ぶ。トマトと卵の炒め物だ。トマトの赤色と卵の黄色、ねぎの緑色が食欲をそそる。


「……やはりちぃと濃い目だな」

「肉体労働をしている方にはピッタリかと」

「確かに。そういう者たちが多いのかの?」

「かもしれませんね」


 リーズと会話をしながらパクパクと料理を口に運ぶ。舌に馴染んだ味ではないが、これはこれで面白いとシュエは思った。


「姫さまならどう作りますか?」

「うーむ、そうだの……。わらわの料理はほぼ自己流だからのぅ」


 並べられた料理の数々に視線を向けて、シュエは口元に手を置いて悩むように黙り込んだ。そして、肩をすくめる。


「自分の口に合うようにしか作れん」

「姫さまがお作りになるのなら、そうでしょうね」

「じゃあなんで聞いたんじゃ」

「好奇心で」


 そんな会話をしていたら、いつの間にかデザートの果物まで平らげていた。


「お味はどうでした?」

「美味しかったぞ? この味はこの地特有のものかもしれんな」

「そうですね。汗を流して働いている人も多かったようですし」


 宿屋に荷物を置いて、町を軽く見て歩いた。屋台で働く人や、畑で働いている人……ほとんどの人が汗を流して働いていた。だからこそ、少し濃い目の味付けなのだろう。

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