第32話 日々これ好日

 古い会社であった。本社から一駅離れた古いビル。それが半導体事業部の入っているビルだった。


 かろうじてエアコンはついている。

 暖房は管理職連中の背後にあるヒーターだけ。それとダルマストーブが一つあり、その周囲は経理の女性陣が独占している。

 作業のほとんどは実験室だが、当然エアコンはついていない。この会社には一部屋に二十人以上いないとエアコンは使えないという規則がある。おのずと管理職がいる場所だけにエアコンが入る。


 回路図は薄いセルロイドのような茶色の紙に描く。

 暑い部屋の中でペンを走らせていると額から汗が一滴滴り落ちる。それがつくと紙は皺になり、回路図は書き直しになる。全身に吹き出る汗との闘いがここでの設計作業だった。

 辛い。だがエアコンは入れてくれない。エアコンは管理職の特権だからだ。

 ついでに言うと、腕つきの椅子も管理職の特権だ。プログラミング用に一台導入して貰ったら、たちまちにして管理職から腕付椅子は俺たちの特権ではないかと文句が出た。

 このアホどもはこんなところにしか気が回らないのだから呆れる。つまり管理職の連中は仕事をしているのではなく仕事ゴッコをしているのだ。


 この古いビルにはもう一つ面白い特徴があった。

 重力に異常があるのである。廊下にビー玉を落とすと、廊下の端から端まで勝手に転がるのである。

 恐ろしや。地震のときは生きた心地がしなかった。


 疲れ切って寮に帰ると水風呂と歯ぎしりお化けが待っている・

 それでもお前たちは恵まれていると課長気どりのF先輩は豪語する。

 ライバルのH社の寮は六畳一間に二段ベッドを二つ入れて四人部屋だぞと。お前たちは二人部屋だから恵まれているんだ。そう指摘した。

 いったい何を威張っているのかと皆で呆れる。

 下見て暮らせ、上見て暮らすなかい。

 なるほどこれは奴隷の暮らしだ。

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